【著者インタビュー】橋本倫史『東京の古本屋』/コロナ禍に古本屋の店主たちは何を考えていたか克明に綴る

1軒につき3日間密着してコロナ禍の古本屋店主の暮らしを映し出したノンフィクション『東京の古本屋』を上梓した著者にインタビュー!

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

「記録されない些細な東京の風景を書いておきたいと思ったら、まさかこんなことになるとは」

『東京の古本屋』

本の雑誌社 2200円

 橋本さんは「はじめに」の最後にこう書いている。《この本は古本屋に流れる時間の記録であり、2020年から2021年にかけての東京の風景の記録であり、生活の記録だ》。登場する古本屋は全部で10軒。1軒目の「古書 往来座」を訪れたのは’19年の暮れ。それが4軒目の「BOOKS青いカバ」の密着に入った’20年3月末になると、状況は一変する。古本屋にも新型コロナウイルスの影響が及んでいき―コロナ禍に古本屋の店主たちはどう暮らし、何を考えていたかを克明に綴ったノンフィクション。書影、本文中の写真もすべて橋本さんが撮影。

橋本倫史

(はしもと・ともふみ)1982年広島県東広島市生まれ。2007年に『en-taxi』に寄稿し、ライターとしての活動をスタート。同年にリトルマガジン『HB』を創刊。著書に『ドライブイン探訪』『市場界隈 那覇市第一牧志市場界隈の人々』がある。来年2月に、沖縄のやんばるに浮かぶ小さな離島・水納島を取材した『水納島再訪』(仮)を刊行予定。

取材用の対応ではない、いつもの感じが見たかった

 東京の、さまざまな場所にある10軒の古本屋にそれぞれ3日間滞在し、そのとき流れていた時間を、日記形式で書き留めた。
「2020年に東京でオリンピックが開かれる、と決まって、その前後の東京にどんなことが起こるか、記録しておきたかったんです。大まかな記録は残るだろうけど、些細なことは記録されないだろうから、自分自身の日常に近い東京の風景を書いておきたいと考えて。いつかゆっくり取材したいなと思っていた古本屋さんにしよう、と決めました」
 大学の授業がきっかけで古本屋に行くようになり、個人的に親しい人もできた。取材した10軒のうち4軒はもともと面識があった店主の店で、残りは取材しながら、地域や年代のバランスを考え、決めていったそうだ。
 祖父や父から店を受け継いだ人もいれば、アルバイトを経て自分で新しく店を開いた人もいる。上は78歳、下は20代後半。神保町や早稲田の古書店街の店舗だけでなく、住宅地や、無店舗の古本屋も選ばれている。
 3日間密着させてください、と取材依頼をすると、当初はどの店も、「3日もいるの?」と当惑するようだった。
「取材用の対応ではない、いつもの感じが見たかったんです。1日だけだと、何かあったとしても、たまたまそうなのか、いつもなのか、わからないところがあります。天気や状況が変わるなか、どういう変化が起きるのかも見たかった。それ以上長くなると、お店の負担も大きいですし、本にしたときも読みづらくなるんじゃないかと思って、この日程にしました」
 密着中は、ひたすら気配を消していたそうだ。
「取材中とわかってお客さんが帰ってしまうとお店に申し訳ないので、ちょっと白々しいんですけど自分も客のふりをして、ずっと棚を眺めながら、時々、すき間から店のようすを見ていました。ノートを出すと取材っぽさが出るから、メモは携帯に打ち込んで。逆に、古書会館の建物に入ると、ネットで値段を調べたりしないようにと携帯使用はNGだったりするので、そういうときはノートに書きました」
 店の風景にとけこみ、客がいない時間を見計らって話を聞いた。本を綺麗にしたり、運んだりといった作業を手伝うこともあった。一緒に弁当を食べたり、スーパーへの買い出しに同行したりするなかで、個性豊かな店主たちが、飾らない、ふだん着の姿を見せている。
「冗談交じりにですけど、『本当に取材されていたのかな』って言うかたもいらっしゃいました。原稿を読んで、『こんなところも見てたんですね』と言われたりも。古書会館で、遠巻きに作業中の写真を撮っていたら、『そんなとこで撮ってちゃだめだよ、こっちから撮りな』って中に入らせてもらったりしました」
 立石で、昭和7年創業の岡島書店を継いで半世紀以上になるという岡島秀夫さんや、神田神保町の老舗洋書店、北澤書店三代目の北澤一郎さんの話は、古書業界を取り巻く時代の流れを感じさせる。
「店は深夜に作られる」(古書往来座、瀬戸雄史さん)、「古本徳を積むためには、ちゃんとした硬い本も買っておかないと」(丸三文庫、藤原健功たけのりさん)といった、なにげないけれど、含蓄のある店主たちの言葉も書き留められている。

PCR検査を受けてから取材先に行くように

 複数の店主が、同業者が面白い、同業者と会うのが楽しみ、と話しているのも面白い。
「古本屋さんどうしの関係ってすごく不思議で。おたがい商売敵なんですけど、仲がいいんですよね。もちろん、きちんと距離はあるんですけど、会うと一緒にお昼食べに行ったり、世間話をしていたり。横で見ていて楽しそうなんです。ぼくの取材も、『ほかの店の話を読みたい』と言われるかたが多かったです」
 取材を始めたのが2019年12月の暮れ。年が明けてしばらくすると、新型コロナウイルスの感染が広がっていることが判明し、連載は思いがけず、コロナ禍の東京の風景を記録することにもなった。
「取材を始めたときは、まさかこんなことになるとは思ってもみなかったです。
 きっかけとなったオリンピックは、このまま開催されないんじゃないかと思ったのに、1年延期して開催されて。1年の予定だった取材も、緊急事態宣言の影響で中断を余儀なくされて、予定より半年延びて、オリンピックが始まるタイミングで取材が終わることになったことは感慨深いです」
 感染が拡大して2020年4月に緊急事態宣言が出ると、古本屋は東京都が「基本的に休業を要請する施設」に指定された。小規模店舗は営業することもできたが、休業すれば協力金が出る。予想もしなかった事態に、店それぞれに対応を迫られることになった。
「2020年3月に『BOOKS青いカバ』さんで取材していたときに、『古書往来座』の瀬戸さんがビールを持って遊びに来てくださって。『青いカバ』の小国さんと瀬戸さんが、緊急事態宣言が出たら、ロックダウンになったらどうしますか、という話を真剣にしていて、こういう声をきちんと書き留めておかないと、と思いました」
『本の雑誌』のウェブに連載していた橋本さんの取材も、宣言の後でいったん中断し、7か月後に再開した。PCR検査を受けてから取材先に行くようにし、開店からずっと滞在するのではなく、1時間いて、次の1時間は外に出る、という形でもと依頼して、下北沢の「古書ビビビ」の取材が実現したという。
「朝から晩まで、3日間取材するというやり方は確かに効率が悪いですけど、ぼくにとっては全然苦じゃなかったです。短時間で効率よく取材して、というやり方は、ぜんぜん上手じゃない。依頼されての取材ならもちろんそれもやりますけど、こういうやり方のほうが自分には向いていると思います」

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
 今年出た本だと五所純子さんの『薬を食う女たち』。本当の言葉はここにあったんじゃないかと探りながら書く、ノンフィクションの極北のような文章なんですが、ここまで相手に向き合うのかと、打ちのめされました。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 レベッカ・ソルニット。翻訳がたくさん出ていますが、『ウォークス』から読み始めて、最近読んだ、自伝的な『私のいない部屋』も面白かった。

Q3 最近見てよかった映画やドラマは?
『おかえりモネ』。夏ごろバタバタしていて見逃していたんですが、最近ようやくNHKオンデマンドで最初から見ました。土地が抱えるさまざまな問題を脚本に取り入れながら、多くの人が見る朝ドラのエンターテインメントとして成立している。自分も、どうすればああいう感じで読んでもらえて、ちゃんと中身がある、というものが書けるか考えます。

Q4 最近ハマっていることは?
「最近」というより「ずっと」なんですけど、家事ですかね。家で仕事をしているので、執筆に行きづまると、シンクの汚れを綺麗にしたり、壁の埃を拭いたり。無心に手を動かして、目に見えて成果が出るのがいいみたいです。

Q5 何か運動はしていますか?
 全然してないです。コロナになる前はジョギングしてたんですが、ジョギングシューズを買い替えたら、いちいち紐をほどかないと履けなくなって、面倒くさくなって走らなくなりました(苦笑)。

Q6 最近気になるニュースは?
 琉球新報で那覇の新しい公設市場が建つまでのルポを連載していて、月1回は通っているので、進捗状況は気になります。市場界隈の風景の移り変わりを、ずっと追っています。

●取材・構成/佐久間文子
●撮影/政川慎治

(女性セブン 2021年11.25号より)

初出:P+D MAGAZINE(2021/11/27)

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