週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.12 成田本店みなと高台店 櫻井美怜さん


 小学生のとき、クラス全員が朝食になにを食べてきたのか順番に言わされたことがあった。模範的な朝食のメニューが次々と披露されるなかで、決して裕福な家庭で育ったわけではない私は自分が食べたものを正直に答えられずに前の席の子とまったく同じ味噌汁と魚というメニューを答えた。〇〇ちゃんと同じなんだね、という他意のない先生のつぶやき。周りの子の視線。嘘を見抜かれているようで、恥ずかしかった。こんな質問をしてくる先生へも、きちんとしてくれない自分の母親へも、幼いながらにふつふつとした怒りを覚えた。だからこそ、30年以上前のことなのに、今でもこうして鮮明に覚えているのだ。

砂に埋もれる犬

『砂に埋もれる犬』
桐野夏生
朝日新聞出版

 だから主人公の優真の気持ちが少しはわかる、と書こうとしたのだが、これは軽々しくわかるなどとは言ってはいけない物語だ。

 優真は小学6年生、弟の篤人は4歳だ。母親の亜紀は男の部屋へ転がり込んでは居候をきめこみ、愛想を尽かされ追い出されるまで遊び呆けるという自堕落な生活を繰り返しながら生きている。子供たちのためにコンビニのおにぎりやカップ麺を数個準備すると、親の責務はそれで果たしたとばかりに平気で家を空ける。たった一日ならば、留守番もできるかもしれない。だが二人は歯を磨くことも知らず、着替えもなく、風呂にも入らずに何日も帰ってこない母親をじめじめとした万年床で空腹に耐えながらただ待つしかないのだ。

 ひもじさ、やるせなさ、悲しみや怒りは、心の底に地層のように降り積もる。踏み固められた砂は一見固そうだし、浜辺で作る砂の城は丈夫そうに見えるが、波にさらわれればあっという間に崩れてしまう。里親に引きとられ、衣食住満たされた平凡な家庭の幸せをやっと享受できるかと思いきや、この砂の城の平穏を脅かす、不穏な波の音が聞こえはじめるのだ。

 優真を引きとってくれたコンビニの店主夫妻も、歪な愛情の天秤を持っていた。夫妻には優真を引きとる前に、病気で寝たきりの愛娘を失っていたのだ。二人が娘への愛情を代わりに優真に注ぐことで、優真がついぞ知ることのなかった親の愛を感じることができたなら、どんなに良かっただろうか。だが、愛情とは、人の気持ちとは、そんな洗剤の詰め替えを足すように、足りない分を補えるものではない。

 愛情の天秤は均衡を失いグラグラと揺れ続け、砂の城は今にも波にさらわれそうだ。普通という言葉の残酷さよ。この天秤がどちらへ傾くのか、その答えは本の中ではなく、読んだあなたの中にある。

  

あわせて読みたい本

52ヘルツのクジラたち

『52ヘルツのクジラたち』
町田そのこ
中央公論新社

 よく言われることだが、SOS の声は小さい。その声が誰にも届かないと日本のどこかで泣いているクジラたちに、本屋大賞という大きな翼を得たこの作品が届くことを願いながら、私たち書店員は今日もこの本を売っている。

  

おすすめの小学館文庫

風の向こうへ駆け抜けろ

『風の向こうへ駆け抜けろ』
古内一絵
小学館文庫

 朝晩ひんやりするようになり、秋の訪れを感じる今日この頃。そうです、競馬です。G1の季節がやってきました。財政難の地方競馬場で奮闘する女性ジョッキーの姿はヤル気も馬券を買う気も起こさせてくれます!

 

  

(2021年10月8日)

思い出の味 ◈ 安藤祐介
◎編集者コラム◎ 『ホープ・ネバー・ダイ』アンドリュー・シェーファー 訳/加藤輝美