思い出の味 ◈ 安藤祐介

第48回

「瓶ビール大学生」

思い出の味 ◈ 安藤祐介

 大学時代、私は空手道サークルに所属していた。練習にはかなり熱心に参加した。全ては、美味しいビールのために。

 キャンパスのすぐ外に、サークルの部室が何軒か連なる長屋があった。長屋の裏手に、小さな酒屋がある。夕方、大学の体育館で練習に汗を流し、帰りに皆でその酒屋に寄って、瓶ビールを大量に買い込んだ。缶ではなく、必ず瓶だった。

 六三三㎖の大瓶を次々と買い物かごに移す。冷蔵ショーケースの扉を開け閉めする時の音や冷気、瓶と瓶が触れ合う音、冷えた瓶の手触りと重み。至福のショッピングだ。特に夏の暑い時分は、心が躍った。アサヒスーパードライ、キリン一番搾り、ラガービール、サッポロ生ビール黒ラベル、ヱビスビール、サントリーザ・モルツ。四大メーカーの各銘柄を取り揃え、部室に戻って長机の上にずらりと並べる。壮観だ。私はスーパードライ党だが、この敵味方の垣根を越えた最強戦隊のような眺めが好きだった。

 一本目は、つまみ無しで飲む。栓抜きで王冠を外すと、尊い歓喜の音がする。各々が手にした瓶をかち合わせ、乾杯。酌などしない。一人一本、ラッパ飲み。キンキンに冷えたビールが、弾ける炭酸の痛みと共に喉から空き腹へ流れ込む。ホップの苦みと香りが鼻に抜ける。スポンジのように乾いた体がビールを吸収し、細胞の隅々まで生き返る。

 二本目以降は、惰性で飲む。学生ご用達の弁当屋で安い弁当を買って、十四インチのテレビデオをなんとなくつけ、不要不急の結晶みたいな会話を肴に。冬には、カセットコンロと土鍋を出して怪しい寄せ鍋の宴が始まることもあった。

 もう二十年以上も前のことだ。あれほど夜な夜な飲んだのに、どんな話をしていたか、あまり憶えていない。でも瓶ビールの味は鮮明に憶えている。

 一緒に飲んだ先輩、同級生、後輩たちも、私も、ほとんどが等しく年を取り、おじさんになった。音信の途絶えた者や、もう年を取れなくなってしまった者もいる。ただ、みんな体や魂の成分のうち零コンマ何%かぐらいは、きっとあの頃の瓶ビールでできている。

 

安藤祐介(あんどう・ゆうすけ)
1977年生まれ。福岡県出身。『被取締役新入社員』でTBS・講談社ドラマ原作大賞を受賞。主な作品に映像化された『不惑のスクラム』『六畳間のピアノマン』、出版業界を舞台とした『本のエンドロール』など。

〈「STORY BOX」2021年10月号掲載〉

◎編集者コラム◎ 『孫むすめ捕物帳 かざり飴』伊藤尋也
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