週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.4 成田本店みなと高台店 櫻井美怜さん


 不幸の香りがする男性が好きだ。どことなく影のある人に惹かれるのだ。品行方正、清廉潔白というよりも、少し悪そうなほうがいい。シャツのボタンを一番上まできっちりとめている優等生よりも、学ランの下から赤いトレーナーが見えている不良っぽい子を。人が好さそうな人よりも、一緒にいたら苦労しそうな人を好きになりがち、というのはたとえが安すぎるだろうか。

 これは私の現実の恋愛対象の話ではない。小説や漫画などのフィクションの世界で、そういう人物に食指が動きがちなのだ。

仮面

『仮面』
伊岡 瞬
KADOKAWA

 そこで、本作の主人公三条公彦である。端正な顔立ちと落ち着いた物腰でテレビのコメンテーターとして人気急上昇中の三条には、中学生の時に遭った交通事故の後遺症で、文字を認識しにくくなる読字障害(ディスレクシア)というハンディキャップがある。三条本人はこれをいわゆる「障害」だとは思っておらず、歌のうまい人と下手な人が世の中にはいるように、ただ文字を読むのが不得手なだけの「特性」だと考えている。この三条がどうも匂う。どん底から這いあがったという過去だけではない、どんなに顔が良くても絶対に一線を越えてはいけない危険な香りがするのだ。近づいてはいけない男には強力な磁場があるものだ。そういう不思議な引力が三条にはある。つまり、だからこそいい。

 その三条がアメリカへ留学していたのと同時期に起きた女子大生の失踪事件。パン屋を経営していた女性の白骨遺体の発見。高層マンションで暮らしていた主婦の失踪。一見すると全く接点がなさそうにみえるこれらの事件が、こともあろうに、これからテレビの世界でスターダムの階段を昇ろうとしている三条を起点として繋がってゆく。この、点が線になってゆく快感。これは恋愛や青春小説では味わうことのできない読書の悦びだろう。

 自宅と学校や職場の往復に加え、SNSがもはや生活の一部となった今、私たちはいくつもの「自分」というアカウントを使い分けて生きている。どれが偽物でどれが本物というわけでもない。仮面の下も、確かに自分の顔なのだ。かの怪人二十面相も言われていたではないか。賊自身も本当の顔を忘れてしまっているのかもしれない、と。そもそも私たちは自分のことをどのぐらいわかっているのだろうか。そんなことを考えながら、この夏冷房をガンガンに効かせた部屋の中で、他人の仮面を剝ぐようにページをめくり、人の心の闇を覗くという悪趣味な読書も悪くはないかもしれない。

 

あわせて読みたい本

『青少年のための小説入門』
久保寺健彦
集英社文庫

 本が読めないヤンキーの登がいじめられっこの一真に本の朗読をしてもらうことでその面白さに目覚め、二人はバディを組んで小説を書こうとする。同じ読字障害を扱った小説でも切り口が全く違う爽やかな青春小説。(8月20日発売)

 

おすすめの小学館文庫

いま、会いにゆきます

『いま、会いにゆきます』
市川拓司
小学館文庫

 生まれて初めて、体の水分をすべて放出してしまうのではないかというくらい泣いた作品。泣くことは確実に心のデトックスになる。家族、友達、恋人と過ごす、なんでもないこの日常の愛おしさを教えてくれる。

 

(2021年8月13日)

◎編集者コラム◎ 『置き去りのふたり』砂川雨路
〈第5回〉浜口倫太郎「ワラグル」スピンオフ小説 芸人交換日記