週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.18 啓文社西条店 三島政幸さん


同志少女よ敵を撃て

『同志少女よ、敵を撃て』
逢坂冬馬
早川書房

《スターリングラードにおけるソ連軍の勝利。

 この一語を得るために失った人命は、ソ連軍が一一〇万人、市民二〇万人。(中略)
 枢軸軍は七二万人を失った。

 総勢二〇〇万人超の死。これは第一次世界大戦で最大の要塞攻防戦、ヴェルダンの戦いを遥かにしのぐものだった。》

「第四章 ヴォルガの向こうに我らの土地なし」より

 
 

 1942年、少女セラフィマは、母エカチェリーナと狩猟をしていた。ライフル銃で鹿を撃つセラフィマの腕前は名人級だ。今日も獲物を確保して帰っていると、故郷の小さな村にドイツ軍がやってきていた。村人たちが殺される。ライフルを構えた母エカチェリーナ。だがその頭を弾丸がぶち抜き、母はドイツ軍に殺された。ドイツ兵たちに囲まれるセラフィマ。このまま犯されて殺されるのを待つだけなのか――と、別の場所から銃声が響き、撤退していくドイツ軍。彼らを追い払ったのは――ソ連の女性兵士・イリーナだった。イリーナはセラフィマに問うた。

「戦いたいか、死にたいか」

 セラフィマはイリーナの指導の下、狙撃訓練学校で「人を殺す」訓練を受けることになる。
セラフィマの目的は2つだけ。母エカチェリーナを殺したドイツ兵・イェーガーを見つけ出して復讐すること。そして、自分を過酷な運命に引き連れたイリーナをいつの日か殺すことだ――。

 

 第二次世界大戦でも過酷かつ凄惨な戦いとして知られる「独ソ戦」。ソ連軍には女性たちだけで構成された部隊がいた。ノーベル賞作家アレクシエーヴィチが元女性兵士にインタビューした『戦争は女の顔をしていない』でも知られるようになったが、その世界をリアルかつ壮絶に描いた作品が『同志少女よ、敵を撃て』だ。

 否応なく戦いに引きずり込まれた少女セラフィマは、地獄のような訓練から、初めての殺人を経て、殺人マシーンのように冷徹な女性兵士に成長していく。そんな中でも時折、少女らしさを垣間見せる描写もある。恨み半分でついていくイリーナや同じ部隊の女性兵士たちとの交流、そして死。そこはまぎれもない戦場であり、文字通りの「地獄」なのだ。

 まるで弾丸が目の前で飛び交っているかのような克明な戦争描写。登場する兵器なども細密に表現され、ミリタリーファン、現代史ファンにも納得の完成度だ。

 戦場はスターリングラード(現・ヴォルゴグラード)からケーニヒスベルク(現・カリーニングラード)へ。母を殺した宿敵、イェーガーと相対した時、セラフィマは……。

 

 著者・逢坂冬馬さんは、早川書房から本を出したくてアガサ・クリスティー賞に応募されたそうだ。これがデビュー作とは信じられない、海外作品に匹敵するほどの完成度を持つ『同志少女よ、敵を撃て』。読んだあと、読了者仲間をきっと「同志」と呼びたくなるはずだ。

 

あわせて読みたい本

独ソ戦

『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』
大木 毅
岩波新書

 レビューでも触れたアレクシエーヴィチの『戦争は女の顔をしていない』と同題のコミックもお薦めだが、独ソ戦全体を細密に再現した本書は、一緒に読み進めることでより理解が深まるだろう。

 

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