週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.2 啓文社西条店 三島政幸さん
『硝子の塔の殺人』
知念実希人
実業之日本社
『生命科学での名声など、私にはまったく意味のないものだったんだ。ノーベル賞にも興味ない。ワトソンやクリックではなく、私は綾辻行人になりたかったんだ』
(『硝子の塔の殺人』より、神津島太郎の発言)
「館もの」――ミステリファン、とりわけ本格ミステリファンにとっては、何か特別な響きのある言葉だ。誰もがすぐに綾辻行人氏『十角館の殺人』に始まった新本格ミステリ・ムーブメントを思い出すだろうが、もちろんそれより以前から「館で起こった殺人事件」ものは数多く発表されている。
「館ミステリを書きたい」――恐らく、多くのミステリ作家にとっては憧れにも近い思いがあるはずだ。だがそれは、諸刃の剣でもある。読者の期待値も高くなってしまうため、書くにもハードルが上がってしまうのだ。館もので凡作を書こうものなら、ファンからの批判と失望は免れないだろう。
だがここに、その「館もの」に挑んだ作家がいる。それも真っ向勝負、超ド真ん中の剛速球を放ってきたのだ。
その作家の名は、知念実希人氏。その最新作『硝子の塔の殺人』(実業之日本社)だ。
知念実希人氏は、2011年『誰がための刃』(文庫化に際し『レゾンデートル』と改題)で、あの島田荘司氏が選考委員を務める「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」を受賞してデビューした。その後新潮文庫の『天久鷹央』シリーズや『仮面病棟』シリーズなどヒットを次々と飛ばし、気がつけばベストセラー作家の仲間入りをしている。本業を活かした医学的知識を作品に織り込みながら、サスペンス性と謎解きの面白さで安定した人気を得ている。
そんな彼が、作家デビュー10周年を記念して発表したのが『硝子の塔の殺人』だ。本人曰く「初の本格ミステリ長編」だそうだ。いや、あれやあれも本格ミステリじゃないかなあ、と思ってしまうが、正統派、超ド本格のミステリを書いた、という意味だろう。
壁が全て硝子張りの奇怪な館に集められた人々、外界から遮断された場所で起こる連続殺人、というだけで、もうワクワクしてしまうが、本文中でも随所に、著者の「本格ミステリ愛」が溢れている。溢れすぎてこぼれてしまっているくらいだ。「踊る人形」(コナン・ドイル)を想起させる暗号など、様々なガジェットをつぎ込み、ついには「読者への挑戦状」まで登場する。その先に待ち受けるのは、「本格ミステリ」そのものへの……いや、ネタバレになるのでやめておこう。
知念氏にとっても、自身が書いてきたミステリの到達点だ、との手ごたえを感じているはずだ。新たなステージに入るであろう、これからの作品がより楽しみになってきた。
あわせて読みたい本
「胃の内壁」に残されたメッセージの秘密とは……『硝子の塔の殺人』のひとつ前に出版された作品だが、こちらも本格ミステリとして充分楽しめる上に、知念氏の医学知識がいかんなく発揮され、小説に見事に織り込まれた小説。元・刑事の父と医師の娘の人間ドラマも素晴らしい。
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ドラマ化により、警察学校のドラマという側面が大きくなったような印象があるだろう(それにしても風間教官、怖い!)が、実は本格ミステリとしても素晴らしい作品集。短編ミステリの名手・長岡弘樹氏のテクニックが満載だ。
(2021年7月29日)