週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.10 啓文社西条店 三島政幸さん


邯鄲の島遥かなり 上

『邯鄲の島遥かなり 上』
貫井徳郎
新潮社

神生島(かみおじま)は日本の本土から離れた島である。本土(本書では「くが」と呼ばれる)では「ゴイッシン」が起きたという噂だが、島の人々には関わりのないことだ。

そこに、「くが」から一ノ屋松造、通称イチマツが帰ってきた。5年前に島を出ていき、一ノ屋の家系は滅びると言われていたところに帰還してきたのだ。美貌の持ち主であるイチマツは、島にいるだけで吉兆をもたらすという。やがて、その魅力に惹かれ、島の女たちが次々にイチマツの子供を産むようになった。彼らの身体にはみな独特の痣があり、「イチマツ痣」と呼ばれた。

神生島の新たな歴史の始まりであった――。


貫井徳郎氏はデビュー以来、ハイレベルなミステリを多数発表してきた。そのキャリアは間もなく30年を迎える。初期はサプライズエンディングに拘った作風が多かったように思うが、最近は社会派小説や、ミステリではない小説も世に出してきた。また近年では、トリックよりも人間描写に主眼を置いてきたようにも見える。

そんな貫井氏の、現段階での集大成とも言える小説こそが、『邯鄲の島遥かなり』である。


世間とは流れが違う島「神生島」を舞台に、明治維新から現代までを、年代記のように描いた連作集である。ひとつの物語は中編くらいの規模でそれぞれ独立しているが、全体を通してひとつの大河小説になっている、という構成。共通するのは「イチマツ痣」を持つイチマツとその子供たち、そして子孫が主人公になる点だ。彼らが島の歴史を動かしていくのだ。物語ごとに登場人物がどんどん増えていくのだが、混乱することはまずないのでご安心を。


読者は島の歴史を追うように読み進めることになるが、島で起こる出来事の数々が、実は日本の近現代で起きた出来事を象徴するかのような物語になっていることに、やがて気づく。あるエピソードでは女性の権利を訴える物語、またあるエピソードでは徳川の埋蔵金があるという話を信じた男の物語。そして関東大震災による地震と火事に翻弄されるエピソードもある。そう、本書はひとつの島の歴史を通じて、日本の政治のみならず、世相や文化を含めた近現代史そのものを描いた、壮大な小説なのである。


この原稿が掲載される時点では、まだ上巻しか出ていないのだが、実は9月末に中巻、10月末には下巻が刊行される。全3巻で構成された一大巨編だ。先に全編を読ませていただいたが、中巻・下巻でも大正から昭和にかけての重要事項が小説に次々と織り込まれていて、全く飽きることがない。普通選挙、戦争への道、終戦から経済成長へ……それぞれに異なった小説形式で描かれ、小説という表現が持つ可能性の大きさに気づくだろう。全編を読み終えた時「ああ、面白かったなあ!」という気持ちが残ることを保証する。

ぜひ、上巻から手に取ってみて欲しい。

 

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