週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.56 八重洲ブックセンター京急百貨店上大岡店 平井真実さん

週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド 今回の目利きさん 八重洲ブックセンター京急百貨店上大岡店 平井真実さん

 デビュー時から読み続けている作家さんが何人かいる。しかし書店員といえどもこの世に出ている全てを読んでいるわけではなく、苦手なジャンルもあり、最初はすっと身体になじんでいたものが、作品を追うごとになかなか咀嚼できなくなってしまい、読み続けることを挫折してしまうこともある。

 そんな中、デビューから15年たった今も唯一無二の世界を創り、作品を追うごとにのめり込まされてしまうのが恒川光太郎さんだ。1年に1作ないしは2年で1作新刊が出るくらいの頻度だが、なんと今年もうすでに2作刊行された。まだかまだかと待ちわびている私にとってそちらも嬉しいビックリだった。5月に刊行された『化物園』もこうきたか…!と唸らされたが、ここでは7月に出た最新刊の『箱庭の巡礼者たち』を紹介したい。

箱庭の巡礼者たち

『箱庭の巡礼者たち』
恒川光太郎
KADOKAWA

 作品は物語のメインとなる6作とそれぞれの合間に物語の断片というタイトル5作の計11篇からなる連作短編小説である。が!ただの連作短編とあなどるなかれ。いつの間にか物語の外側から眺めていたと思っていたものが中のものと密接につながり、箱庭が箱庭ではなくなっている。メビウスの輪のようにどこが初めでどこでつながったのかわからなくなり、いつの間にかある星でのとてつもなく長い歴史とそこに生きていた人々の行く先を見続けている。そして実は読んでいる私もさらに外から見られており、もしかするとこの世の中は多重層の世界なのかもしれないと思わされるのである。

 物語の始まりである「箱の中の王国」。百年に一度といわれるほどの雨が降りその日に母親が行方不明になってしまったぼく内野陽は、水がひき泥だらけのガラクタが集まる場所からある大きな黒い箱を拾う。開けてみると空だったが、ある日その中に箱庭ができているのを発見する。森や城家や塔もあり、人間が生きて動いているが、見ている自分のことはわからないようでその世界に干渉もできない。父親に見せるも空き箱だといわれ見えない人もいるようだ。そんな中、同級生の絵影久美に見せたところ箱庭の世界が見え、いつしかその世界を二人で鑑賞しながらそこに殺人鬼がいることに気づく。またこの箱庭をめぐり所有者だという老人も現れ、ある驚きの事件が起こり、そこから長い長い物語が始まる──。

 主人公は章ごとに変わっていくが世界は地続きになっており、密接に絡み合い枝が伸びていく。そして最後の1ページの最後の一言。今回も唸らされた。これだから読書がやめられないのだ。ぜひこの箱庭の世界を体感、巡礼してほしい。

 

あわせて読みたい本

むらさきのスカートの女

『むらさきのスカートの女
今村夏子
朝日文庫

 新刊をいまかいまかと待ちわびている作家さんの一人。今村さんの世界も唯一無二であり、大きな事件もなくどこにでもある自分にも起こりうる日常を読んでいるようなのに少しずつ世界がボタンを掛け違えたようにズレていき背筋がスッと寒くなる作品。この作品で芥川賞も受賞しています。

 

おすすめの小学館文庫

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『ショートショート千夜一夜』
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