週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.90 元書店員 實山美穂さん

書店員さんコラム 實山美穂さん

『くもをさがす』書影

『くもをさがす』
西加奈子
河出書房新社
(4月19日発売予定)

 私は小説を読んだとき、文章や行間、余白から空気や水(おそらく著者の生まれ育った場所や関わりのある場所)を感じることがあります。それが自分に馴染むかどうかが大事なことだと思っています。特に、西加奈子の作品からはその空気や水を強く感じる気がします。イランで生まれ、エジプト、大阪で育ったという経歴を知ってしまうと、先入観すらできてしまいます。どこか乾燥しているような空気といいますか、登場人物が関西弁を使っていることだけが理由ではないと思っています。

 今回の作品は、直木賞を受賞し、数々の人気作を生み出した西加奈子、初のノンフィクションということで、注目度が高いです。〝初のノンフィクション〟というキーワードもさることながら、読みはじめてすぐに気が付いたそのテーマにショックを受けました。語学留学中のカナダで病気を宣告され、治療を受ける様子が書かれていたからです。まず思うのが、「なぜ彼女が!」でした。少し冷静になると、「自分にも起きることなんだ」と実感します。

 私も著者と同世代のため、他人事とは思えません。でも、この作品は闘病記ではないんだそうです。著者は誰かに〝病気と闘っている人〟と表現されることに疑問を覚えたとか。そういう風に本人が思っているせいか、読んでいるこちらも、そういう気がしません。闘病記ではなく、エッセイでもなく、ノンフィクション。読んでいるとそのジャンル分けに納得です。

 印象に残っているのは、バンクーバーの人たち、特に医療従事者たちです。著者の文なので、英語を話しているだろう人たちもすべて関西弁になっていますが、彼らの考え方に衝撃を受けました。患者を甘やかすことなく、どことなく適当で、自分と会社は別物だからシステムで困っている患者がいても謝ったりしない。もちろん、明るくて優しい人たちも登場します。でも、つい自分が著者の立場だったら、と考えます。日本との考え方の違いにはさぞ負担が大きかっただろうと思います。ただでさえ、言葉が不自由な地で、病気の宣告をされた不安の中だったのですから。

 すべてを読み終わっても、自分の気持ちを言葉で表せずにいました。それだけ、大きななにかを受け取っていたのだと思います。断片的な言葉をつなぎ合わせて、たどり着いたのは、「西さん、ありがとう」でした。いろいろな感謝の気持ちです。「病気を乗り越えてくれてありがとう」「生きていてくれてありがとう」「書いてくれてありがとう」「教えてくれてありがとう」などです。

〝私は弱い〟という文にショックを受ける人がいるでしょう。〝あなたの体のボスは、あなたやねんから〟という文に勇気を与えられる人がいるでしょう。〝私は、私だ〟という文に救われる人もいるでしょう。これらの文章はごくごく一部分ですが、繰り返し読んでいると、祈りを捧げたい気持ちになりました。

 

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