アジア9都市アンソロジー『絶縁』ができるまで⑧

アンソロジー『絶縁』ができるまで

『絶縁』ができるまで⑧
メールのやり取りが始まった頃には想像できなかった景色@チェッコリ

 日韓同時刊行に向けて、とにもかくにも走り出しました。通常の翻訳出版は、完成した本がまずあって、あたりまえですが確定したテキストを他国向けに翻訳していきます。今回は進行中のテキストを、(日本語から韓国語に)翻訳していくわけで、日本語版のゲラに疑問や修正があるたびに韓国側に共有しなければなりません。

 ましてや日本語になる前の原文は、各エリアそれぞれの言語で書かれたものです。翻訳者も著者に都度、問い合わせながら進行していたゆえ、校正などを経るたびに様々な疑問が生じていきました。装丁なども統一感を持たせる必要がありました。つまりは韓国の編集者にも、都度連絡しなければなりません。

 韓国の編集者キムさんは日本語ができません。私も韓国語ができません。といって不慣れな英語でコミュニケーションを交わすのは、(少なくとも私は)無理です。そこで、お互いのコミュニケーションは、以下のルールのもと行うことにしました。

 お互い自国言語でメールを書く。それを翻訳ソフトにかけて読み解く。文面はできるだけシンプルに、一文を短く。それでも誤読や誤解があってはならないので、ccにて日本語と韓国語がわかる方に入っていただく……

 こんなんで本当に大丈夫かいなと思いつつ、おそるおそるメールをうち始めました。しかし、いくらシンプルにメールを、といっても本のことばかり伝えてもお互い退屈なので、毎回、自分が見た韓国ドラマや映画の話題を入れるようにしました。

 すると私がどハマりした「私の解放日誌」をキムさんも見ていることがわかり、盛り上がりました。一方で、彼女は屋久島にまで旅行にきたことがある日本通で、日本映画も相当詳しかったのです。彼女からの初期のメールにこうあります。

〈翻訳ソフトを使うのに、送ってくれたメッセージがとても自然に韓国語に翻訳されていて、改めて日本語と韓国語は似ているな、と思いました。そういえば濱口竜介さんの「ドライブ・マイ・カー」は見ましたか? 舞台のシーンで、国籍のちがう役者たちがそれぞれの言語で演技をする場面がでてきますが、それを思い出しています〉

 おおっ、俺たち通じてる! それもけっこう深い部分まで。実は私も「ドライブ・マイ・カー」のことが頭の中にはあって、偶然ですが、同映画で抜群の存在感を放っていた三浦透子さんには、のち本作品のオーディオブック版に参加してもらうことになります。

 すっかり調子に乗った私はその後も、くだらない話題をふっては、通じる喜びにひたっていました。たぶん、彼女も同じようなテンションだったと思います。

 そしてさらに調子に乗った私たちは、ソウルであるイベントを計画します。村田沙耶香さんが2022年9月末に、ソウル国際作家フェスティバルに参加するため、渡韓することはかねてより決まっていました。そのタイミングで、チョン・セランさんと対談を企画できないか──と。村田さんとセランさんのご理解、ご協力もあって、時間や場所がトントン拍子で決まっていきました。

 コロナ禍以来、久々の海外です。韓国には、ビザ無し渡航が解禁されたとはいえ、まだまだ煩雑な手続きをしなければならない時期でした。私と編集部のかこさんは、慌ただしく準備し、心を浮つかせながらソウルに向かうことになります。

 ソウルに到着早々、文学トンネさん一同と会食することになっていました。ホテルのロビーにそれらしき人たちはいません。あれっ、キムさんはどこだろう。一人の男性と目が合いました。すぐに大いなる誤解に気づきました。私が「彼女」と思っていたキムさんはなんと男性でした。それも185センチはあろうかという大柄で、長髪パーマの……

 少なからぬ戸惑いとともにソウル出張は幕をあけました。
(続きは次回に)

担当者かしわばら
※次回はもう一人の担当者かこさんによるソウルレポートです。


\12月16日発売/

絶縁

『絶縁』
村田沙耶香、アルフィアン・サアット、郝景芳、ウィワット・ルートウィワットウォンサー、韓麗珠、ラシャムジャ、グエン・ゴック・トゥ、連明偉、チョン・セラン


◎編集者コラム◎ 『上流階級 富久丸百貨店外商部 Ⅳ』高殿 円
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.72 大盛堂書店 山本 亮さん