◎編集者コラム◎
『道』白石一文
もしも、あの時ああしていたら、自分の人生、どうなっていたんだろう。
誰しも思い当たる節があるそんな瞬間に本当に戻れたら、いったいどんなことになってしまうのか。
そのあとは、思い描いたように新たな時を刻んでいってくれるのだろうか。
ひとことでいえば、本作はタイムリープのジャンルに入るはずですが、「もしも、あの時」というこの一点を突き詰められるだけ突き詰めて、ここまで細密に、リアルに、シミュレーションをなし得ているエンタメ小説を寡聞にして私は読んだことがありません。
そう、このフィクションは、大きな嘘をひとつ、ついているはずなのに、そこから始まる全風景に徹底した吟味考察が加えられているため、こんなことが本当に世の中で起きていてもなんら不思議ではないのではないか、と読み終わったあとでそんな感懐に囚われてしまうのです。
大きな鍵は、ニコラ・ド・スタールが描いた「道」というタイトルの一枚の絵。
この絵を、著者の白石一文さんがはじめて目にしてから実に十年。
それが、このような物語になるなんて、というような月並みな驚きを禁じ得ません。
小難しいことは一切出てこない。
でも、まだ気づかれていないこの世界の真理をひとつだけ明かしてしまっている。
そんな小説だと思います。ぜひ、ご一読いただけたら幸いです。
──『道』担当者より
『道』
白石一文
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