「推してけ! 推してけ!」第21回 ◆『ナゾトキ・ジパング』(青柳碧人・著)

「推してけ! 推してけ!」第21回 ◆『ナゾトキ・ジパング』(青柳碧人・著)

評者=辻 真先 
(推理作家・脚本家)

読者も作者とおなじ土俵に立って


 日本昔話のミステリ化でヒットを放った作者の新作です。あの有名なお話をどうひねってつないで殺人や密室がからむ話に変奏するのかと、さぞ読者のみなさん(ぼくを含む)は思案しながらお読みになったことでしょう。それに比べれば、今度の趣向はいくらかハードルが低そうです。これまでにも日本を戯画化した作がいくつかあったので、ミステリに強い読者なら、想像なすったに違いありません。目次を一瞥すればなおのことです。サクラだのフジサンだの、聞き慣れた日本を象徴する単語がならんでいるのですから。もしかしたら読者は、読む前から「サクラをネタにするならきっとこんなハナシだろう」とイメージを膨らませるのではないでしょうか(実はぼくがそうだったりして)。ところがどうして、一筋縄でゆく作者ではありませんからね。そんな真似をしようものなら、あなた(つまりぼく)はたちまち白旗を掲げるでしょう。だからこの連作は、作者がひそかに読者に勝負を挑んでいるのだと、ぼくは勝手に解釈しています。そしてそれこそが、ぼくが本作を推す理由のひとつなのです。ミステリの属性でトップにあげるべきは、本作の題名が謳っている通りナゾトキです。作品によっては〝作者からの挑戦状〟が挿入されますね。あれが端的に語っている通り、ミステリには作者と読者が謎をめぐってガチンコ勝負、という一面があります。いってみればこの『ナゾトキ・ジパング』は、作品全体がミステリ愛好者への挑戦状みたいなものですから、ミステリファンには魅力横溢の王道作品と申せましょう。趣向の見当をつけにくい昔話と違い、とっつきやすい題材だから読者も油断して、勝負の土俵で黒星を喫する羽目となる。とはいえ話を作りやすそうな桜や富士山と違い、侘び寂びの〝CHA〟となると、読者(ぼくを含む)は手も足も出ないかもしれません。それなのに作者はこのネタで悠々と構えの大きなトリックをぶっ放すから恐れいりました。「推してけ」の〝!〟にふさわしいミステリならではの驚きがこめられています。〝CHA〟がトリックで勝負なら、次の〝SUKIYAKI〟では騙しに徹したプロットが冴え、さらに〝KYOTO〟ではニホンテイストの釣瓶打ちでナゾトキのトリを務め──と、ここまで書いたところで本作を推す、もうひとつの理由を漏らしているのに気づきました。当たり前ですがミステリは小説です。今までぼくはミステリの面白さによりかかって推してきましたが、ナゾトキ部分を外しても推したい理由が大いにあるのです。目を通されればすぐわかりますが、連作の中で探偵役を演ずるのは、日本語ペラペラの米国人留学生ケビンで、心ならずも大学の寮で同室となった秀次は、彼のナゾトキにまきこまれていつしか助手役を務める羽目となっております。おなじみホームズとワトスンの関係ですね。少々過激なまでニホンに入れ揚げているケビンに対して、ヒデくんは良くも悪くも凡庸きわまりない大学生ですから、ケビンと一般読者を仲立ちするには適役ながら、見映えのしないモブのひとりでしかありません。「春の空ひねもすのたりのたりかな」とアホなことを呟いて幼なじみの女の子に叱られるヒデくんなのです。ところが彼ははじめのうちこそケビンを鬱陶しく思っていたのに、話が進むにつれて少しずつ違う感想を抱くようになる。ケビンの推理をポカンと聞いていただけの彼が、次第に事件に積極的にかかわろうとして、やがて一周遅れとはいえケビンをちゃんとフォローするようになります。いわばヒデくんは成長するワトスンとして、ホームズに伴走してゆくのです。

 今でも小説の読者には、ミステリに人間なんかいらない、ナゾトキに参加するだけだから記号で十分だ。そう思う人がいるかもしれませんが、それは間違いです。事件も謎も人間が創るのであり、犯人も被害者も探偵も刑事ものこらず人間です(まあ数ある中にはネコやイヌが登場するミステリもありますが)。ミステリはクイズではありません。当然、ちゃんとした人間が描かれるべきでしょう。ヒデくんは記号なんかじゃない。多少頼りないけど少しずつ前向きに育ってゆく人間です。そんなキャラクターが柱になっているから、本作はナゾトキだけではなく心地よく読み進められる小説なのだ。これがぼくの推すもうひとつの理由だとご承知ください。

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ナゾトキ・ジパング

『ナゾトキ・ジパング』
著/青柳碧人


辻 真先(つじ・まさき)
1932年愛知県生まれ。名古屋大学卒。テレビアニメの脚本家として活躍後、72年『仮題・中学殺人事件』を刊行。現在でもテレビアニメ「名探偵コナン」の脚本を手掛け、大学で教鞭をとる。2019年日本ミステリー文学大賞を受賞。近著に『馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ』。

〈「STORY BOX」2022年7月号掲載〉

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◎編集者コラム◎ 『道』白石一文