◎編集者コラム◎ 『江戸寺子屋薫風庵』篠 綾子

◎編集者コラム◎

『江戸寺子屋薫風庵』篠 綾子


寺子屋ラフイラスト
カバーイラストの絵柄選定は、篠さん、イラストレーターのめばちさん、担当編集者の三者全員の一押しで、この5つの内から①が選ばれた。

 かねがね、篠綾子さんに書いてもらいたいジャンルがあった。堅苦しくいえば教育問題、平たくいえば、寺子屋の師匠と子どもたちの物語である。カバーの著者略歴にもあるとおり、篠さんは東京学芸大学のご出身である。現在は教育学部の中に学校教育系と教育支援系課程を置いて、教職だけでなく各界に有用な人材を送り出しているが、そもそも同大学の前身は師範学校で、幼稚園から高校までの教員を養成するのが建学の本義だった。篠さんにお聞きしたところ、専門は国文学、教職の御経験もある、という。

 これまで小学館文庫で刊行された著者の作品は単独作と二つのシリーズ作を含め、全部で八作品ある。在原業平と親友の陰陽師を主人公にした王朝ミステリー『月蝕 在原業平歌解き譚』、江戸の〝女性記者〟を描く「絵草紙屋万葉堂」シリーズ、そして日本の詩歌の魅力を巧みに絡めた「万葉集歌解き譚」シリーズだ。物語を楽しんでいるうちに自然と和歌の知識が身につく稀有な作品で、読者の熱い支持を得ている。いわば、作者が先生で、読者が生徒、といった趣きがあるが、いっそのこと、江戸の寺子屋を舞台に師匠と寺子の絆そのものを描いてみるのも面白いのではないか。そんな担当者のムチャブ振りを、静かに笑って受け容れてくれたのが本作である。

 さて、そのお話とは──。

 江戸は下谷に薫風庵という風変わりな寺子屋があった。三百坪の敷地に平屋の学び舎と住まいの庵がある。二十人の寺子は博奕打ち一家の餓鬼大将から、それを取り締まる岡っ引きの倅までいる。薫風庵の住人は、教鞭をとる妙春という二十四歳の尼と、廻船問屋・日向屋の先代の元妾で、その前は遊女だったという、五十一歳の蓮寿尼、それに十二歳の飯炊き娘の小梅の三人しかいない。子供たちの評判はいいが、女所帯では不用心と、日向屋の用心棒の堤勝之進が様子を見にやってくる。寺子屋設立の費用と月々の掛かりを出している日向屋は世間体もあって、同じ町内の薫風庵にすげない仕打ちもできないらしい。そんなある日、隣家の大造が寺子に盆栽を折られたと怒鳴り込んできた。近所では、蚯蚓や蛙の死骸を投げ込まれた家もあるのだという。折も折、寺子が学び舎の前で行き倒れを見つける。男前に弱い蓮寿は、城戸宗次郎と名乗る浪人の面倒は薫風庵で見ると宣言する。やがて、宗次郎が学び舎で教え始めると、妙春に思いもよらぬ心の変化が……。

 ところで、師匠と寺子の初々しくて、底抜けに明るい表情が魅力のカバーイラストを描いてくれた、めばちさんも東京学芸大学卒だという。同窓生コンビがお届けする〝江戸版二十四の瞳〟の清々しい読後感を是非とも味わってください。

──『江戸寺子屋薫風庵』担当者より

江戸寺子屋薫風庵

『江戸寺子屋薫風庵』
篠 綾子

著者の窓 第18回 ◈ デボラ・インストール『ロボット・イン・ザ・ホスピタル』
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.54 うなぎBOOKS 本間 悠さん