著者の窓 第18回 ◈ デボラ・インストール『ロボット・イン・ザ・ホスピタル』

著者の窓 第18回 ◈ デボラ・インストール『ロボット・イン・ザ・ホスピタル』

 AIの発達によりさまざまなロボットが生活に入り込んでいる時代、ちょっと子どもっぽい中年男性・ベンが出会ったのは、壊れかけのロボット・タングだった──。ベンたちチェンバーズ一家がタングと過ごす笑いあり涙ありの毎日を、ユーモアたっぷりに描いたデボラ・インストールさんの「ロボット・イン・ザ・ガーデン」シリーズ。最新作『ロボット・イン・ザ・ホスピタル』は、ベンたちを次々と見舞うトラブルを背景に、移り変わる家族のかたちと、それでも変わらない愛情を描いた物語です。二宮和也さん主演の映画『TANG タング』にも期待が集まる人気シリーズについて、イギリス在住の著者デボラさんに、オンラインインタビューしました。


「これってロボットの名前みたいだな」と思ったんです

──「ロボット・イン・ザ・ガーデン」シリーズは、シリーズ累計三十八万部を突破するヒット作です。タングの物語が日本で広く受け入れられていることについて、どうお感じになっていますか。

 もちろんとても嬉しいです。まさかこんなに歓迎してもらえるとは、夢にも思っていませんでしたね。日本は夫との新婚旅行で訪れた思い出深い国。そこで自分の作品が発売されることは、特別な意味を持っていたんです。日本での翻訳が決まったことを知った瞬間、わたしは夫がいる庭に駆け出して、思わず泣いてしまいました。

──日本語版のカバー画を描いているのは絵本作家・酒井駒子さんです。酒井さんが描くタングたちをご覧になっての感想は。

 日本語版のカバーはとても美しいですね。この絵を見せていただいた時も、やっぱり泣いてしまったんですよ(笑)。酒井さんの絵を見た人は誰もが、タングとベンのキャラクターをよく捉えている、自分たちのイメージしていたとおりの姿だと言っています。

デボラ・インストールさん

──シリーズは三十四歳の主人公・ベンの暮らす家の庭に、壊れかけのロボット・タングがやってくる、という印象的なシーンから幕を開けます。人間とロボットのふれあいを描くという物語のアイデアは、どのように生まれたのでしょうか。

 あれは今から九年ほど前、息子のトビーが生まれてまだ数週間だった頃だと思います。赤ん坊のおむつのにおいってなかなか強烈なんですけど、深夜息子のおむつを換えていたらふと、「アクリッド・タング(つんとするにおい)」ってロボットの名前みたいだな、と思ったんです。横で寝ていた夫に伝えても、うーんと寝ぼけていて賛同は得られなかったんですけど(笑)、わたしはしばらくその名前について考えたんですね。タングというのは東南アジアからやってきたぽんこつロボットで、ベンという友だちがいるんじゃないか、そしてふたりはアメリカや日本まで旅をすることになるんじゃないか、とイメージが頭の中でどんどん膨らんで、翌朝目が覚めた時には、ひとつの物語ができあがっていたんです。その日からさっそく、タングとベンの物語を書き始めました。

──タングと出会うまでのベンは、仕事にも妻エイミーとの関係にも消極的な、ちょっと頼りない男性でした。彼の等身大のキャラクターは、どのように生まれたのですか。

 ベンはある喪失感を抱えていて、前に進めなくなっているキャラクターです。わたしが書くキャラクターは大抵みんなそうですね。いい人も悪い人も、みんな何らかの挫折を経験して、成長することを諦めてしまっている。でも人生は何歳からでもやり直せるのだとわたしは思います。きっかけさえあれば、成長することができるんだという思いを込めて、ベンや他のキャラクターを描いています。

人は誰でも社会に支えられるべき

──待望のシリーズ第五弾『ロボット・イン・ザ・ホスピタル』では、ベンの骨折をはじめとして大小さまざまなトラブルがチェンバーズ家を見舞います。一家の「ひどい年」を扱ったのはなぜですか。

 このシリーズはコメディなので、ハラハラドキドキするような感情の起伏を盛り込みたいと思っています。一方でわたしは、登場人物を死なせるのはいやなんですね。それで今回は普通の人なら誰でも経験するような大小のトラブルに、ベンたちを直面させることにしました。マッドサイエンティストがタングを追いかけてきて、という大きな展開とはまた違ったタイプの困難です。タングとチェンバーズ一家の関係性についてはこれまでの巻ですでに描いているので、それをくり返すのではなく、登場人物たちにはまた新たな一歩を踏み出してもらおうと思いました。

──思わず噴き出してしまうような楽しいシーンが満載ですが、作中で描かれるユーモラスな事件の数々は、デボラさんの体験をもとにしているんですか?

 誰かと話したことや、外を歩いていて見かけたこと、生活していて思いついたアイデアがヒントになることは多いです。だからパンデミックの期間は、書くことがなくなってしまって大変困りました。わたしは大勢で賑やかにするよりも、一人でゆっくり過ごすほうが好きなタイプなのですが、それでも外出禁止の時期が長くなると、外に出て行って人と交流したいなと強く思いました。あらためて人と繋がることの大切さを実感しました。
 今回、ベンがお隣さんのミスター・パークスの雨樋掃除を手伝うというシーンがありますが、あれはパンデミックの最中、自宅の窓から眺めた光景がもとになっています。近所に住んでいる高齢の男性が、梯子に上って窓拭きをしていたんですが、いつか落ちるんじゃないかと気が気じゃなくて……(笑)。

デボラ・インストールさん

──小学校に通わず、家庭で教育を受けるという選択をしたベンとエイミーの娘ボニー。チャーミングな性格でクラスメイトに慕われてはいるものの、自分がロボットであることを強く意識せざるをえないタング。チェンバーズ家の個性的な〝子どもたち〟と教育の関わりを描いたこの巻は、多様性について考えさせられます。

 わたしがこの本で書きたかったのは、社会がマイノリティにどう対応していくかという問題です。わたしはあらゆる人が社会に支えられるべきだという強い思いを持っています。すべてのマイノリティが、残らず社会に大切にされるべきだと。
 わたしは子どもの頃、学校にうまく適応することができずに、とても苦労しました。ボニーにはその辛い思いをさせたくなかったので、ホームエデュケーションという選択肢を与えました。タングは学校にうまく適応し、クラスメイトにも愛されていますが、自分はロボットでみんなとは違うんだという思いを抱いている。タングはいつまでもマスコット的存在でいられるわけじゃありません。ボニーにしてもそうです。家にいるのは居心地がいいですが、次第にそれだけでは十分じゃなくなってくるんです。

読み終えたらポジティブになる物語を

──成長していくタングやボニーの姿を見守りながら、一抹の寂しさを感じてもいるベン。揺れ動く気持ちが物語をより印象的にしていますが、これはデボラさんの子育て経験が反映されているのでしょうか。

 いいえ、そこは特に実体験ということはありません。トビーはいま九歳なんですが、とても愉快な子で、学校にもうまく適応しています。彼が頼もしく成長していく姿を見るのは、わたしにとって喜びでしかありません。今のところ、ベンのように寂しさを感じることはないですね。

──物語の後半、タングとベンは展示されている実物大の「ガンダム」を見物にいきます。巨大ロボットを見上げて興奮するタングの姿はとても愛らしく、日本の読者にとって深く印象に残るシーンでした。

 巨大なガンダムがイギリスで展示されたのは実話なんです。ニュースでそのことを知って、すごい! これはぜひタングに見に行かせなければ、と思いました。タングとガンダムは大きさは違いますが、どちらも機械の体を持っているという共通点があります。タングが自分の存在をどう捉えているかというテーマにも繋がりますし、今後シリーズを書き続けていくうえでも大切なシーンでした。残念だったのは、わたし自身がガンダムを見に行けなかったことですね! すごく行きたかったんですけど。

デボラ・インストールさん

──健気に頑張るタングの姿と、彼を取り巻くベンたちの変化に、今回も胸を打たれました。このシリーズを書くにあたって、デボラさんが一番大切にしていることはなんでしょうか。

 本を読み終えた後、少しだけハッピーな気持ちになってもらいたいということです。いいことを学んだなとか、明日からまた頑張ろうとか、単純に面白かったとか。何でもいいのでポジティブな気持ちになってもらいたいんですね。

ロボットはもっと身近な存在になっていく

──日本では劇団四季のミュージカル『ロボット・イン・ザ・ガーデン』も大好評を博しているのですが、公演の様子はご覧になりましたか?

 リハーサルの段階からビデオを送ってもらって、初演の舞台も映像で鑑賞しました。本当は二〇二〇年十月の初演を日本で観るつもりだったのですが、パンデミックのために諦めざるをえませんでした。いつか必ず日本で鑑賞したいと思っています。わたしは長年演劇グループに参加しているのですが、この三月の公演ではミュージカルの劇中で歌われている「Gift」という曲を、劇団四季に許可をもらって発表しました。こちらも大成功でしたよ。

──さらに今年八月には二宮和也さん主演で映画『TANG タング』も公開されます。タングのスクリーンデビューについてはどんなお気持ちですか。

 夢のようです。イギリスでもいくつか映画化の話はあったのですが、実現しませんでしたから。それがワーナー・ブラザースによって、日本で映画化されるとは! 予告編を見ましたが、思っていたよりはるかに規模の大きい映画になったようですね。本編もきっといい作品になっていると思います。パンデミックも落ち着きましたし、日本でのプレミア上映には駆けつけたいと思っているところです(取材は二〇二二年六月中旬)。

──シリーズ開始から約七年が経ち、ロボットやAIはこれまで以上に身近な存在になっています。こうした時代の変化を、デボラさんはどう受け止めていますか。

 小説に書いたとおりになってくれてありがとう、という気持ちです(笑)。テクノロジーが進歩することについて、わたしは悲観的ではありません。フィクションの世界ではよくテクノロジーの悪い面が強調されますが、メリットだって多いはずです。たとえば日本の成田空港ではロボットが人間をサポートしている、というニュースを先日読みました。『ロボット・イン・ザ・ホスピタル』では医療現場でロボットが働いていますが、それに近い時代がもう来ているわけです。ロボットはこれからもっと、身近な存在になっていくんじゃないでしょうか。

デボラ・インストールさん
長年愛用しているライティングカーディガン。執筆の際に羽織っている

──タングのように人間の親友になるロボットも生まれるかもしれませんね。ではデボラさんの来日を心待ちにしている日本のファンに向けて、一言メッセージをお願いします。

 いつも応援してくれてありがとうございます。今回はチェンバーズ家にひどいことが次々と起こるので、申し訳なく思っています(笑)。日本語で皆さんにメッセージを伝えようと練習してきました。うまく言えるかどうか分かりませんが、聞いてください。〝私のロボットを歓迎してくれてありがとうございます。すぐに日本に行きます〟。ぜひ日本でお会いしましょう。


ロボット・イン・ザ・ホスピタル

『ロボット・イン・ザ・ホスピタル』
デボラ・インストール/著 松原葉子/訳
小学館文庫

デボラ・インストール(Deborah Install)
8歳の頃から小説を執筆。作品のインスピレーションは、窓から見える景色やありふれた日々の暮らしなどが出どころ。子育てからヒントを得て書き上げた『ロボット・イン・ザ・ガーデン』(松原葉子訳、小学館文庫)で作家デビュー。同作は世界15か国で出版され、とりわけ日本でロボットのタングが愛され、ベストセラーとなった。続けて『ロボット・イン・ザ・ハウス』『ロボット・イン・ザ・スクール』『ロボット・イン・ザ・ファミリー』『ロボット・イン・ザ・ホスピタル』を発表。シリーズ第1作は2020年に劇団四季によってミュージカル化され、現在は全国63都市を回る全国ツアー中。さらに二宮和也主演作『TANG タング』として映画化、2022年8月11日(木・祝)公開予定。現在は夫、息子、そして猫とともに英国バーミンガムに暮らす。

デボラ・インストールさんと愛猫ポペット
愛猫ポペットと一緒に。自宅の庭の緑が美しい

(インタビュー/朝宮運河 本文写真/松田麻樹)
「本の窓」2022年8月号掲載〉

▽▷△超短編!大どんでん返しSpecial▼▶︎▲ 横関 大「オンライン家族飲み会」
◎編集者コラム◎ 『江戸寺子屋薫風庵』篠 綾子