◎編集者コラム◎ 『懲役病棟』垣谷美雨

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『懲役病棟』垣谷美雨


『懲役病棟』写真

 それは、「コロナ禍」が始まって、まだ時間を経ていない頃だったかと思います。垣谷美雨さんに小学館にお越しいただき、次回作の打ち合わせをしました。

 もとより、ベストセラー『後悔病棟』『希望病棟』に続くシリーズ最新作の構想についてご相談したいと思っていました。しかし、ひとの心を覗ける不思議な聴診器が織りなすストーリーも、第三弾となると、別のアクセントをつけなければなりません。登場人物や病院を変えるぐらいは頭にありました。しかし、それ以上の腹案はありませんでした。

 別の企画をご本人から提案される可能性も考えていたところ……垣谷さんは開口一番いいました。「次は女子刑務所に備わった医療施設を舞台としてはどうでしょうか」

 女子刑務所と「病棟」シリーズ⁉︎ すぐに二つが結びつかなかったですが、「女子刑務所病棟」というインパクトだけで「いいですね」という言葉が口をついて出てしました(なお、文芸誌「STORY BOX」での連載は、まさにこのタイトルでした)。それで「打ち合わせは終了」とばかりに、当日、具体的なプロットなどの相談はなし。そのあと四方山話をしたのか、何を話したか、まったく記憶にないのですが、頭のなかに「女子刑務所病棟」というワードがずっとぐるぐるしていたような感触だけは残っています。

 はたしてどんな物語になるのだろう。そもそも、女子刑務所とはどんな世界だろうか。そんなワクワク(と、ちょっとばかりのドキドキ)は、数ヶ月後、垣谷さんから第一話の原稿が届いた時点で霧消します。

 惣菜430円の万引きで懲役2年を科せられた……第一話はそんな女性入所者の身の内から始まります。なぜこの程度の万引きで実刑が下るのか。それは女性が初犯ではなく、常習犯だったから。では、なぜ軽犯罪を繰り返すのか。それは彼女が犯罪から非日常というスリルを味わっていたからでも、捕まらないと思っていたからでもありません。彼女がそうしないと生きていけないほど、生活に追い詰められていたからです。入所者は、とある事情によって、生計をやりくりするための勤め先も、そして家庭という居場所も失っていました。

 マリ江は刑務官を無視して、「で、どうしてお惣菜を盗んだの?」と患者に尋ねた。 「貧乏だからです」と患者が答えたとき、マリ江は大きな溜め息をついた。「お金がないなら仕方がないじゃないの。餓死しろとでも言うの?」

(本書より)

 
〝金髪女医〟太田香織と看護師・松坂マリ江は、「病棟」シリーズでおなじみの神田川病院から、ひょんなことから女子刑務所に派遣されました。二人に女子刑務所への知識はありません。むしろ、犯罪をおかした者たちを別世界の住人だと思っていました。だけど、塀の内側のリアルを垣間見ながら、そして聴診器で入所者たちの心の内を覗きながら、彼女たちとの距離を縮めていきます。

 二人は、入所者を改めるのではなく、むしろ彼女たちが待ち受ける社会を変えようと奔走します。それも思いもよらぬ、あっと驚く方法で――。そこは、垣谷節全開! 現実に根差した理不尽をうま~く料理しながら、時にピリッとしたスパイス(怒り)をもまぶした物語を、著者は読者にすっと差し出しだします。

 最後に、本作の最初の読者といってもいい、解説を務めた村木厚子さん(元厚生労働事務次官)の言葉を紹介しましょう。

 読み始めてしばらくは、リアルさにとにかく圧倒されました。ここに書かれていることは本当のことばかりと思いながらページをどんどんめくっていったんですが、途中から「こんなにリアルだったら、どうやって話をまとめるんだろう?」と勝手にハラハラし始めたんです。そうしたら……エンターテインメントとしても見事な仕上がりになっていた。読み終えた今、垣谷美雨さんの『懲役病棟』を心からお勧めしたいと思っています

(解説より)

──『懲役病棟』担当者より

懲役病棟

『懲役病棟』
垣谷美雨

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