◎編集者コラム◎ 『完全なる白銀』岩井圭也
◎編集者コラム◎
『完全なる白銀』岩井圭也
スケールの大きい物語を書きたいんです、と岩井圭也さんは言った。すでに3案ほどプロットを出してくださっていて、そのなかの、これぞ、という企画で打ち合わせを進めかけていたときだ。新たに送られてきたいくつかのアイデアのなかに、山岳ものがあった。2020年11月、『完全なる白銀』のおおもとが生まれた瞬間である。
このときの岩井さんは4作目を刊行された直後。いずれも日本国内が舞台の作品で、どちらかというと男性を描くことが多かったように思う。それがいきなりアラスカ、しかも女性主人公ときた。こりゃ頑張らなきゃ、と気合を入れていたころ刊行されたのが『水よ踊れ』(新潮社)だった。舞台は1997年の香港。びっくりした。読んで、頭がぐらんぐらんした。それくらい没入し、あまりの熱さに体温が上がる思いがした。そうだった、岩井さんは、「見てきたように書く」んじゃない、「体験してきたかのように書く」作家なのだ。聞けば、香港に行くことなく、資料をもとに書いたという。恐るべき筆の力である。
そうして書かれた『完全なる白銀』は、厳冬期のアラスカ、それも6000メートル越えるデナリへの登攀が主軸だ。ちなみに岩井さんに登山経験はないらしい(!)。担当編集者たる私は、小学生のとき蝶ヶ岳に登っ(て心が折れ)たのが最後。周囲の山好きにもアドバイスをもらい、仕上がった作品は果たして――。
「現実離れなし! 緻密にして壮大!」。そう太鼓判を押してくださったのが、日本人初の冬季デナリ単独登頂と下山を成し遂げた、登山家の栗秋正寿さんだ。本書の文庫化にあたって、解説を寄せてくださっている。栗秋さんと岩井さんの出会いについてはそちらに詳しいので割愛するが(ぜひ読んでくださいね!)、先のコメントをいただいて、安堵と喜びが込み上げてきたのを覚えている。
そして2023年、本書は山本周五郎賞にノミネートされた。同時期に『最後の鑑定人』で日本推理作家協会賞にもノミネートされ、それからわずか一年、2024年上期には『われは熊楠』で直木賞の候補にもなった。まさに快進撃である。とくに2024年の岩井さんの新刊刊行ペースは凄まじい。多くの読者にとっては今回文庫化された『完全なる白銀』は、数ある岩井作品のなかのひとつ、かもしれない。しかし実は、文学賞ノミネートの皮切りとなった記念碑的作品なのだ! ……と、私の心の内だけでは言ってもいいだろうか。この作品に携われたことを、とても誇りに思っている。
──『完全なる白銀』担当編集者より