吉野弘人『リッチ・ブラッド』

吉野弘人『リッチ・ブラッド』

常に挑戦を続ける作家


 ロバート・ベイリーの新シリーズ第1作『リッチ・ブラッド』が2025年1月に刊行される。主人公はアラバマ州を中心に主要幹線道路に自らの顔を大写しにした看板を展開する民事専門の弁護士ジェイソン・リッチだ(安藤巨樹さんの描くカバーイラストがかなり雰囲気を伝えてくれているので参考にしてほしい)。知名度は充分、腕もたしかなのだが、家族のトラブルからアルコール依存症に陥ってしまう。依存症施設から3カ月ぶりに退院した主人公を待っていたのは、依存症の一因にもなったトラブルメーカーの姉ジャナが夫を殺した容疑で逮捕されたというニュースだった。姉との確執、不慣れな刑事裁判に苦しみながら、ジェイソンは圧倒的不利な裁判に挑む。

 ロバート・ベイリーはこれまで、『ザ・プロフェッサー』シリーズのトム・マクマートリー、その後のシリーズのボーセフィス・ヘインズなど魅力的な主人公を据えてシリーズを書いてきた。シリーズは長くなると、どうしてもマンネリ化して、飽きられてしまう傾向がある。彼はシリーズを2作から4作ほどの短いスパンで完結させ、常に新しいシリーズを創り出すスタイルを取っている。こういったスタイルで1年に1作のペースで物語を書き続けるのはなかなかハードなのではないだろうか。彼は自分の物語に登場させる主人公同様、自らに高いハードルを課し、常に挑戦を続ける作家なのだ。それを可能にしているのが彼のたぐいまれなストーリーテリングにある。どんな話を書かせても、読み手の心を揺さぶるエモーショナルな仕掛けを仕込んだ上で、ハラハラドキドキのスリルに満ちた物語を読ませてくれるのだ。このストーリーテリング力があれば、どんな主人公、どんな設定や舞台の物語でも、常に高いレベルの作品を提供してくれることだろう。このジェイソン・リッチ・シリーズは、三部作となる予定なので、是非期待していただきたい。

 さて。ベイリーはこの12月にジェイソン・リッチ・シリーズ三部作のあとの新作『The Boomerang』の刊行(2025年5月)を発表した。単独作のようで、政治スリラーということだ。詳細はまだわからないが、彼にとっては、これまでの作風と変わる、さらなる挑戦となるようだ。彼は今後も新しいシリーズや作品に意欲的に取り組んでいくことだろう。今後も彼の挑戦を見守っていきたいと思う。読者のみなさんもぜひ注目して応援していただきたい。

  


吉野弘人(よしの・ひろと)
英米文学翻訳家。山形大学人文学部経済学科卒。訳書にR・ベイリー『ザ・プロフェッサー』『嘘と聖域』各シリーズ(以上、小学館文庫)、H・クリントン&L・ペニー『ステイト・オブ・テラー』(以上、小学館)、R・ラング『彼女は水曜日に死んだ』、R・J・エロリー『弟、去りし日に』(以上、東京創元社)など。

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リッチ・ブラッド

『リッチ・ブラッド』
著/ロバート・ベイリー 訳/吉野弘人

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