◎編集者コラム◎ 『若葉荘の暮らし』畑野智美

◎編集者コラム◎

『若葉荘の暮らし』畑野智美


『若葉荘の暮らし』写真
装画は刈谷仁美さん。テーブル下の千波さんが可愛いのにオビで隠れてしまう、と悩んでいたらデザイナーの岡本歌織さんが粋なデザインに。

 シェアハウス歴約10年の友人がいる。対して、なるべく一人でいたい派の私は、永福町、下北沢、吉祥寺、渋谷、品川と都心の5つのシェアハウスを渡り歩いた友人に、その魅力を半ば問い詰めるように訊ねた。週末になると突然パーティーが始まることがある、食べ物が無駄にならない、「友達の友達は友達」状態になり友人が増える、従って面白い人や、思いもよらない趣味との出会いがある……。惹かれるものや同意しかねるもの、様々話してくれたが、なかでも素朴だがひときわ印象的だった答えがある──「あとは、〝誰かにわざわざ連絡するほどではないけどちょっと話したいこと〟なんかを、顔を合わせてすぐに話せることかな」。

 畑野智美さんの長篇作品『若葉荘の暮らし』は、世界に新型ウイルスが蔓延し、人との接触を避けるよう要請され、日常が急変した頃が舞台。40歳を迎えた主人公のミチルは、小さな洋食店でのアルバイトで生計を立てる独身女性だ。客足が減りシフトが減り収入が減り、店自体いつ畳まれるかわからない。実家にも帰れず、恋人を作る気力もない。明日のことを考えると、不安に押し潰されそうになる──そんなとき、誰かの気配がそこにあって、ただ、「わざわざ連絡するほどではないけどちょっと話したい」ことについて会話できれば。その絶妙な距離感を叶えてくれたのが、ある秘密を持つ老婦人・トキ子が営む、40歳以上独身女性限定のシェアハウス「若葉荘」だった。ミチルと、それぞれ事情を抱える住人の女性たちは、少しずつかかわり合い、影響し合いながら成長していく。

 畑野さんの「今を生きる女性たち」の解像度は恐ろしいほど高い、といつも思う。作品内で描かれている部分はもちろん、連載をご一緒した別の作品では、登場人物の住居の間取りや年収・貯金額、「この人はこういう人」というメモが、ゲラの空きスペースにびっしり書いてあることもあった。そのリアルさゆえ、ミチルや「若葉荘」の女性たちの様子はときに切実に、ときに眩しく胸に迫る。まるで彼女たちが本当に存在するかのように。

 未来のことに思いを巡らせ、不安が心をよぎったとき、「ちょっと話したいこと」ができたとき……この作品がお守りのように存在し、そっと寄り添ってくれていることを思い出してほしい。

──『若葉荘の暮らし』担当者より

若葉荘の暮らし
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