山本巧次『途中下車はできません』

北の大地で、常に人々と共にあった駅


 かつて北海道には、多くの鉄道路線が走っていた。オホーツクの海辺を行く路線、牧場と原野の中をひたすら走る路線、本線から炭鉱町へ延びる短い路線など、様々な特徴と味わいを持つ路線が、道内各地を結んでいたのである。現在のJR北海道の営業キロは二千五百キロ余りだが、国鉄の最盛期には、四千キロを超えていたのだ。

 道路の発達が本州に比べると遅かった北海道では、長らくの間、これらの路線が人々の生活を支えていた。集落は駅を中心に出来上がり、駅と共に発展し、駅と共に寂れていった。今では集落が消え去り、駅だけが残ってしまった場所さえある。物好きなマニア以外に、乗り降りする人は誰もいない。

 鉄道は人々の邂逅の場である。どこの地においても、それは変わらない。北海道では基幹路線以外、ほとんどが廃止されたとはいえ、地下鉄も含めれば、まだ五百を超える駅がある。この広い北の大地にも、まだ五百もの邂逅の場が残っているのだ。車がすれ違うだけの道路では体験できない物語が、そこにはあるはずだ。

 そんな思いから、駅を巡る人々の話を書こうと考えた。自分の知る駅から、舞台となりそうな駅を拾い出した。美馬牛、北浜、音威子府、落石、札幌。観光客が多い駅、夏と冬で全く世界が変わる駅、滅多に人の姿を見ない駅、毎日数万人が行き交う駅。それぞれに、特徴がある。駅そのものは、札幌を除いて単純な構造のものばかりだ。だが、駅を降りて感じる空気感は、どれも全く異なっている。列車本数も少ないローカルな駅が多いので、なかなか行く機会には恵まれないだろうが、文章から雰囲気だけでも味わっていただければ、と思う。

 この本に出てくる話は全てフィクションだが、こんな邂逅があってもおかしくない、と自分で感じたストーリーにした。各駅で少しずつテイストを変えたが、全体としてはライトなものに作っている。鉄道で旅をするとき、駅に降りるたび、ちょっと周囲を見回して、この駅にはどんなドラマが隠れているのだろう、などと考えながら読んでいただければ、幸いである。

 北海道ではこの春、夕張線が消えた。五つの駅が、歴史を閉じた。来年5月には、札沼線の十六の駅が消える。通学で使った人、ここから旅立った人、大勢いただろう。願わくは、その各駅であった数々のドラマと共に、長く記憶に留まらんことを。

北浜駅と落石駅

山本巧次(やまもと・こうじ)

1960年和歌山県生まれ。第13回「このミステリーがすごい!」大賞隠し玉となった『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』で2015年にデビュー。18年『阪堺電車177号の追憶』で第6回「大阪ほんま本大賞」を受賞。主な著作に『開化鐵道探偵』『軍艦探偵』などがある。現在は鉄道会社に勤務。

文藝春秋の元編集者が俯瞰する、人気作家たちの全体像/斎藤 禎『文士たちのアメリカ留学 一九五三~一九六三』
◎編集者コラム◎ 『死ぬがよく候〈二〉 影』坂岡 真