ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第56回

ハクマン56回賞を受賞して得た知見。
今、漫画を売るには
「きっかけ」が必要である。

しかし例え「作者だけが『俺もチャンスさえあれば次来る』と思っているマンガ大賞」など、取ったほうが逆に売れなくなりそうな賞でも「賞を取った」のは事実だ。

まずそのことを話題に出来るし、売る時も「俺チャン賞受賞!」とあおりをつけることができる。
どれだけ意味がなくても本は無言より「火を点ければ燃える!」など景気が良さげなことを書いてある方が人の興味を引けるのだ。
初版8000部の作家の心がそれを見てどれだけ軋もうが、売れている本に「100万部突破」などわざわざ書いてあるのはそのせいだ。
賞を取ったなら、どれだけ権威がなくても84ptぐらいのクソデカフォントで帯に書けばそれらしく見えるのである。

実際私の本が受賞で爆発的に売れたかというとそんなことはないのだが、少部数ながら重版はかかったし、受賞を記念してフェアなども行われた。
読者だけではなく、出版社側も賞を取ったことで「売り時かも」と錯覚して宣伝に力を入れてくれることもあるのだ。
ちなみに10年前推薦作品に選ばれた時は、特に重版がかかったりはしなかったので、同じ賞でも上位でないとダメというのは本当かもしれない。

さらに賞を取ったことで「実は前からこの漫画を面白いと思っていたんですよ」という、今まで完全にボディが透明だった民度の高い奥ゆかしい読者の方が現れ、話題が広がったりもする。

つまり「この賞を取った作品なら買ってみよう」という賞箱推し勢はあまりいないかもしれないが、受賞がきっかけで名前が広まり売れるということはある。

そしてこの「きっかけ」をどう作るかが、今の漫画にとって非常に重要なのだ。私は売れている漫画の話は嫌いだが、逆に売れてない漫画の話は大好きだ。

よって、日々「売れてない」や「打ち切られた」という漫画の話を探しているのだが、100万部はでかい声で言っても8000部は黙っているように、景気の悪い話はみんな口にしないためあまり見つからないのだ。
見つかった時は「お宝発見」と、その作品を見に行ったりもするのだが「これは打ち切られて当然」というような作品はなく、少なくともどれも私よりは絵が上手い。

 
次回更新予定日
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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