ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第65回

ハクマン第65回漫画家なんかになったせいで、
稀代の名作を読まないまま
死ぬこともあるのだ

ちなみに「ルックバック」は公開後、表現に不適切な部分があると抗議が入り、その部分が修正されたそうだ。
何せ読んでないので本当にその部分が不適切かどうかはわからないが、そういう事例が増えてきているのは確かである。

本当に不適切であれば修正もやむなしだが、抗議すれば何でも修正させることができるようになったら大変である。
「自分の気に入らない展開を修正させたい」というなら、匿名抗議のメール1本でどうにかなるなどとは思わず、「ミザリー」に出てきたババアぐらいの構えで来てほしい。
作家は人生をかけて作品を描いているのだ。それを思い通りにしたいと思うなら自分も懲役ぐらいは辞さない姿勢で来ていただけると幸いである。

また1回その表現を「不適切だった」と認めて撤回してしまうと、その表現は二度と使えなくなってしまうのだが、あくまでそれはその出版社の見解である。
よって、出版社のNGというのは「過去そういう抗議があった」という前例で決められることもあるらしい。
もし「何故天下の漫画ゲドウ(仮)様とあろう雑誌が、この程度の表現でNGなのか」という場合は過去その表現で猛烈な抗議があった可能性がある。

あくまでフィクションなのだからそんなに怒らないでくれと描く側としては思うが、それだといじめやセクハラを冗談なんだからで済まそうとするのと同じになりかねないので難しい問題ではある。
ただ「このキャラとこのキャラが結婚しないのはおかしい」という抗議は作者や出版社ではなく、ピクシブあたりに図で抗議していただいた方が、同じ不満を抱いている人間にも喜ばれていいと思う。

このように、漫画業界には「絶対アウトな表現」もあるが、微妙なラインの表現も多々ある。

よく炎上が起こると「周りは誰も止めなかったのか」というツッコミが入る。
それは「ヤバいかもしれないけど、アウトよりのセーフに賭けて発表したケース」「本当に誰もアウトだと気付いていなかったケース」そして「その場にいた誰もがアウトよりのアウトだと気付いていたが、一番エライ人がセーフだと言ったケース」など、いろんな場合があるので一概には言えない。

ただ、困るのは抗議を受けて一部修正だけなら良いが、連載自体が消滅してしまうケースである。
先日も、他作品を複数、悪質にパロディしたとして某漫画が1回で連載中止になっていた。

その件は漫画家の間でも話題になっていたが、漫画家というのは連載というものがどうやって始まるか知っているため、話題は専ら作画の人の心配だった。

まず、連載というのは1回目の原稿だけしか用意されていないという状態で始まったりはしない。
そう言いたいところだが、私の連載はマジで1回目が掲載されてから2回目を考えたりするので断言はできない。
しかし多くの場合、2、3回分ぐらいの原稿はすでに完成状態でストックしているものだ。
1回で連載中止になったということは、2、3回目の原稿はお蔵入りということになる。まずその原稿料は払われるのか、という話だが、それはさすがに払われるとは思う。

しかし、漫画というのはすぐ開始できるものではない。
割と長い準備期間が必要であり、その準備期間に対して支払いが発生することはないため、その間無収入になってしまう作家も少なくないのだ。

つまりその前の連載の蓄えを食いつぶしながら、いつ始まるのか、そしていつ終わるかもわからない連載の準備をし、終わったらまた穀を潰しながら次を考える、という賽の河原みたいな職業が漫画家なのだ。

 
次回更新予定日
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

◎編集者コラム◎ 『警視庁レッドリスト2』加藤実秋
◎編集者コラム◎ 『増補版 九十歳。何がめでたい』佐藤愛子