ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第65回
稀代の名作を読まないまま
死ぬこともあるのだ
みんな「ルックバック」は読んだだろうか、俺は読んでない。
基本的に売れている漫画はおしなべて嫌いなのだが、特にこれは読んだ同業者がこぞって「圧倒的才能の前に描く自信をなくした」と言っており、朝の7時に「今日はもう寝る」と言っている者すらいた。
これだけ多くの先人が「読んだら死ぬ」と言ってくれているのに、わざわざ読みに行って「おい、死んだぞどうしてくれる!?」と労災を申請しに行くのは当たり屋でしかない。
だが、私が漫画を描いている無職ではなく、ただの無職であれば、躊躇なく読んだだろうし、そのまま7時に寝ても「いつも通りの無職の就寝時間」でしかなかったのだ。
このように、漫画家になんかなったせいで、無料かつ合法で読める希代の名作を読まないまま死ぬことになってしまったのだ。
私だけではなく、漫画家というのは「読めば面白いのはわかっているが、悔しくて読めない」という逆恨み作品の1つや2つ持っているものだし「俺以外の本が大量に置いてある」という理由で本屋に入れなくなってしまう者もいる。
このように、漫画家なんかになったせいで、唯一周囲より優れていた絵で他は全て劣っているというコンプレックスを打破しようと思ったのに、余計コンプレックスが深まった上に、他に褒めるところがないから「絵が上手」「健康そう」「息してる」の三択の消去法で褒められていただけ、という事実に気づいてしまうのだ。
「好きなことを仕事にするな」がその道で失敗した老人の寝言なのは確かだが、好きなことを仕事にした結果「今、目の前で焼き鳥の繊維を前歯に挟んだまま若者に説教を垂れる老」になる可能性がある、ということだけは覚えていてほしい。
実際、漫画家を志す理由は絵を描くことが好きだった、に加え「それを周りに褒められた」という経験が大きかったりする。
もちろん、本当に上手い子を褒めるのは良いが、「三択」の子の場合は迷わず「息してる」を選んでほしい。嫌味ではなく人間として一番必要な才能はそれである。
絵よりもそこを伸ばした方がいいに決まっている。