◇自著を語る◇ 榎本憲男『DASPA 吉良大介』

◇自著を語る◇  榎本憲男『DASPA 吉良大介』

面白くて深い、一粒で二度おいしい小説を目指す

 執筆に際して僕が念じているのは、小説とはまずは面白いお話でなければならないというテーゼです。

 都内のマンションでアメリカ人のプログラマーが毒殺される。その手口から外国の関与が見えてきて、さらにテロの様相を呈してくる。と同時に日本の国会ではスパイ防止法が、アメリカの要請を受ける形で審議されているものの、野党の猛烈な抵抗にあい流れる寸前である。そこで吉良大介という若い警察官僚がアクロバチックな作戦を展開しようとするのですが、事態は予想だにしなかった方向に進行していき、やがてその背後から予期しないものが出現する……。読者にはまずはお話の面白さを是非堪能していただきたいと思います。

 主人公の名前がタイトルになっていますが、冠のように前についているDASPAというのは「ダスパ」と読み、正式名称は国家防衛安全保障会議、英語表記の Defense And Security Projects Agency の頭文字をとった組織名の略称です。シリーズ第一作は、このDASPAが正式にスタートするいわば前日譚であります。

 さて、主人公の吉良大介という若いキャリア官僚は、やや時代錯誤な昔の武士道のような精神を胸中に宿した人物として登場いたします。彼は自分よりも大きな実在に一体化することを望みつつ仕事に励んでいます。〝大きな実在〟とはなにか。かつてはそれは宗教的なものでありました。しかし現在、宗教は社会を覆う「聖なる天蓋」の役割を終えています。キャリア官僚たる彼は、国家にそれを求めようとするのですが、ひょっとしたらかなり〝イタい〟人間なのかもしれません。

 ただ、今この原稿を書いているコロナ禍の最中で主権国家というものが再度浮上しました。オリンピックは延期になりましたが、世界各国でコロナという厄災にどのように対処するのかという競技が行われているようです。EUはひとつと宣言されたヨーロッパ大陸の国境は次々と封鎖され、各国の首脳が知恵を絞ってこの禍に対処しようとしています。グローバリゼーションが進み、やがて消えると噂されていた国家がまた再び存在感を持ち始めたようです。

 この吉良大介というキャラクターは五年ほど前に練っていたのですが、彼を主人公とするストーリーは、いったん横に置かざるを得なくなりました。そこで、先に中央公論新社でスタートさせたのが五十過ぎのベテラン刑事を主人公にした「真行寺弘道シリーズ」です。このシリーズの第一作で吉良はすでにちらと登場しております。

 吉良と真行寺の個性は対称的と言えるでしょう。真行寺は、行動はかなり乱暴ですが、考え方としては個人の自由を重んじ、リベラルな思想を尊重しないではいられない人間です。生活態度としては、仕事よりも趣味の中に快楽を見出そうとします。それに対して、警察庁出身の国家公務員であり、安全保障に従事する吉良大介は国家というものを常に意識せざるを得ません。そして、それを大きな実在として捉え、自分との間に起きるフィードバックこそ大事だと信じています。

 どちらの考えにも共感しつつ同時に危うさときわどさを感じながら書いている僕が目指しているのは、冒頭に挙げたお話の面白さと同時に、深部を孕んだ物語を書くこと、〝面白くて深い〟、つまり一粒で二度おいしい小説です。作者としては、そうなっているはずだと信じつつ、読者との幸福な出会いを願わないではいられません。

榎本憲男(えのもと・のりお)

1959年和歌山県生まれ。映画会社に勤務後、2010年退社。11年『見えないほどの遠くの空を』で小説家デビュー。15年『エアー2.0』を発表し、注目を集める。18年異色の警察小説『巡査長 真行寺弘道』を刊行。シリーズ化されて、「ブルーロータス」「ワルキューレ」「エージェント」と続く。

書影
『DASPA 吉良大介』

〈「本の窓」2020年8月号掲載〉
〈第10回〉加藤実秋「警視庁レッドリスト」
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第103回