榎本憲男『エアー3.0』

榎本憲男『エアー3.0』

北上次郎さんの褒め言葉


 僕の小説を最初に批評してくれたのは北上次郎さんで、「ヘンな小説」だと「誉めて」くださいました。その『エアー2.0』の続編、『エアー3.0』を書き上げた僕は、その「ヘンさ」に関しては自信を深めています。北上さんにはぜひ読んでいただきたかったなあ。昨年急逝されたのが残念でなりません。

「ヘン」だけど「面白い」。北上さんはそう表現してくれました。けれど、その「ヘンさ」については深掘りしてもらえませんでした。「ヘン」だと感じられたのは、おそらく通常の小説とは異質なものを感じられたからでしょう。僕の小説作法が、エンターテインメント小説としてはあまり作法(行儀)がよろしくないことも影響しているのかもしれません。現実離れした荒唐無稽な話を、リアルな素材をかき集めながら編み上げていく。ミクロな接写から、遠大なパースペクティブに切り替える。私という個人的なものと、国家や人類という視点を混在させるなど、色々と乱暴な手を使います。エンターテインメントの物語の枠組みの中で、アクションを中断して、込み入った会話を延々続けさせたりもします。

 また、たとえば「生きづらさ」などという感性を、作品の主題の中心に置くことはありません。そのような微細な心の活写が小説の本分だという意見には部分的にはうなずきつつも、「生きづらさ」をもたらすメカニズムに向けて主人公に目を開かせ、苦悶させるようなものを書きたがる。物語の力で、読者を巻き込み、思いがけないところまで連れて行き、思いがけない風景を見てもらい、そして、もう一度その意味を考えてもらうような小説を目指してしまう。

 この物語は、ロシアがウクライナに侵攻した年の9月からはじまります。「2.0」でエアーというマジックを使い、日本に激震をおこした主人公は海外へと旅立つ。そして、カナダを皮切りに、異国の地を巡りながら、まほろばという新しい共同体の可能性をさぐる。そんな物語です。ひょっとしたら僕は近代的な「小説」ではなく、「神話」を書きたいのかもしれないと思うことがあります。個人を描きつつ、日本人やアジア人や人類という大きな地表に突き抜けたいのかもしれず、もうひとつの歴史を語るという身の程知らずのことをしたいのかもしれません。

 やはり「ヘンな作家」なのでしょう。そして、この言葉を聞いたときに若干の不安を感じた自分はいまその道を邁進したいと思いはじめています。

 


榎本憲男(えのもと・のりお)
小説家。和歌山県出身。映画会社に勤務後、福島の帰還困難区域に経済自由圏を建設する近未来小説『エアー2.0』(小学館)でデビュー、大藪春彦賞候補となる。以後、エンターテインメント性あふれるストーリーに思索的考察を加えた異色の小説「巡査長 真行寺弘道」シリーズ(中公文庫)や「DASPA 吉良大介」シリーズ(小学館文庫)を発表。『サイケデリック・マウンテン』(早川書房)は、「オール讀物」(文藝春秋)が主催する第1回「ミステリー通書店員が選ぶ大人の推理小説大賞」にノミネートされる。

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著/榎本憲男

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