文学的「今日は何の日?」【8/3~8/9】

あの名作が世に出た日。
憧れのヒロインの誕生日。
かの大作家の失恋記念日。
……そう、毎日が何かの記念日です。さて、今日は何の日でしょうか。
8月3日から始まる1週間を見てみましょう。

8月3日

サラ・ウォーターズ『半身』において、交霊会で事件が起きる

映画化もされた『荊の城』など、ヴィクトリア朝時代を舞台とする歴史小説で人気の高い、イギリスの作家サラ・ウォーターズ。長編小説『半身』は、1873年8月3日に開かれた交霊会の場で起きた、不幸な事件の描写から始まります。その事件により、ミルバンク監獄に収監された霊媒シライナ。監獄を慰問に訪れた貴婦人マーガレットは、気品あふれるシライナの姿に心を打たれ、彼女と言葉を交わすようになります。監獄にいても霊たちが訪れて慰めてくれるというシライナに、次第に惹かれてゆくマーガレットは……。かつてロンドンに実在したミルバンク監獄の重苦しい空気を見事に描き切った、歴史ミステリーの傑作です。


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8月4日

作曲家モーツァルトが、「悪妻」と呼ばれるコンスタンツェと結婚

1782年のこの日、最も偉大な作曲家の1人として音楽史にその名を遺すウォルフガング・アマデウス・モーツァルトが、コンスタンツェ・ウェーバーと結婚しました。モーツァルトは1791年に亡くなりますが、それまでに6人の子を設けます(うち4人は夭逝)。浪費家であった、モーツァルトの死亡時に別荘で遊んでいたなどと言われ、悪妻のイメージが強いコンスタンツェ。ですが、オーストリアの作家レナーデ・ヴェルシュは、小説『コンスタンツェ・モーツァルトの物語』で、ひたむきに夫を愛するコンスタンツェの姿を描きました。従来の悪妻像を覆し、コンスタンツェの実像に迫る一作です。


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8月5日

辻村深月『ツナグ』において、アイドル・水城サヲリが突然死する

死者との再会を一度だけ叶えてくれる、謎の存在「使者ツナグ」。辻村深月『ツナグ』は、その「使者」の務めを受け継ぐ家に生まれた渋谷歩美が、さまざまな依頼人と死者を引き合わせていく連作短編集です。そのなかのひとつ「アイドルの心得」で、依頼人の平瀬愛美が会いたいと願うのは、3か月前の8月5日に急性心不全で亡くなった、アイドルの水城サヲリでした。愛美は4年前のある日、同僚から無理に誘われて参加した飲み会で具合が悪くなりますが、同僚たちは愛美を路上に放置して二次会に行ってしまいます。1人で過呼吸に苦しむ愛美を介抱してくれたのは、偶然通りかかったサヲリでした。「お礼が言いたい」という愛美。命の尊さ、心の繋がりの大切さを描いた感動の物語です。


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8月6日

名探偵エラリイ・クイーンがライツヴィルで賃貸契約を結ぶ

エラリイ・クイーンの人気作「ライツヴィル・シリーズ」は、ニューヨークの北方にある架空の田舎町ライツヴィルを舞台とする作品群。その第1作『災厄の町』において、名探偵エラリイ・クイーンが初めてこの町にやってきたのが、1940年8月6日です。町の名士ジョン・F・ライトが3年前に娘ノーラのために建て、空き家になっていた家があることを知り、エラリイは6か月の賃貸契約を結びます。ノーラの婚約者ジムが結婚式前日に姿を消すなど不幸が続き、「災厄の家」と呼ばれていたその家。ところが8月25日、ジムが帰ってきました。盛大な結婚式を挙げるノーラとジムですが、ある日、ノーラは不審な手紙を見つけてしまい……。エラリイはノーラの危機を救うことができるのでしょうか?


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8月7日

軽井沢に滞在中の堀辰雄、小説『麦藁帽子』を書き上げて郵便局から原稿を送る

『風立ちぬ』『菜穂子』などで知られる作家・堀辰雄は、昭和7年7月23日、汽車で軽井沢に向かいました。軽井沢ホテルに逗留して小説執筆に専念するためで、そのために毎日の散歩も夕方の1回だけに抑えていたことが、随想『エトランジェ』に記されています。8月7日、午前中にやっと脱稿すると、そのまま原稿を封筒に入れて郵便局に向かいました。途中ですれ違った少女がかぶっていた麦藁帽子にマーガレットの飾りがついているのを見て、自分が小説の中で用いたさくらんぼの飾りのある麦藁帽子よりもずっといい、と悔しがる描写があります。同じこの時期に書かれた『エトランジェ』『麦藁帽子』、併せて読むと意外な発見があります。


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8月8日

村上春樹の鮮烈なデビュー作『風の歌を聴け』の始まりの日

1979年に『風の歌を聴け』で第22回群像新人文学賞を受賞し、文壇デビューを飾った村上春樹。東京の大学で生物学を学ぶ21歳の僕は、1970年の夏、海辺の街に帰省しました。そこで友人〈鼠〉とビールを飲み、ピーナッツを食べ散らかして退屈な時を送ります。ジェイズ・バーで介抱した〈小指のない女の子〉と親しくなったり、ビーチ・ボーイズの曲を聴いたりしながら過ごしたひと夏の、その始まりが8月8日。夜行バスで東京に戻る8月26日までの短くも濃密な夏の物語は、『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』へと繋がっていきます。丸谷才一が「この新人の登場は一つの事件」と激賞した、鮮烈なデビュー作です。


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8月9日

歌川多門の後妻・お梶が亡くなる――坂口安吾『不連続殺人事件』

無頼派作家として知られる坂口安吾は、「日本で発行されたほぼ全部の探偵小説を読んだ」と豪語したほどの探偵小説好きでした。そんな安吾が自ら書いた探偵小説が、『不連続殺人事件』です。1947年の夏、N県有数の財閥・歌川多門邸で多数の客が逗留するなか、流行作家の望月王仁が毒殺されます。当主の息子・一馬は、事件前に「お梶さまは誰に殺されたか。すべては一周忌に終るであろう」と書いた手紙を受け取っていました。お梶とは、1年前の8月9日に亡くなった、多門の後妻。歌川家に宿命の日が迫るなか、探偵・巨勢博士は真相を掴むことができるのでしょうか? 「犯人を当てた読者に、原稿料を差し上げます」と読者に挑戦状を叩きつけた安吾の自信作、あなたも挑んでみませんか?


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初出:P+D MAGAZINE(2020/08/03)

〈第10回〉加藤実秋「警視庁レッドリスト」
◇自著を語る◇ 榎本憲男『DASPA 吉良大介』