滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第7話 カゲロウの口③
日本に帰りたくなるのだろうか。
そして、わたしはどんな死に方をするのだろう。
ウルグアイの話が持ち上がってしばらくしてミスター・アロンソンは、ファーストクラスの片道切符でウルグアイへ渡っていった。ウルグアイに行く前に、「ここで何か見納めにしたいものはありませんか」と言うと、「へっ、見たいものなんか何ひとつとしてないのだから、この国とオサラバするんじゃないか」と憎まれ口をたたいた。
使い慣れたものでないと困るということで、ウルグアイでだって日用品などどこでも買えるだろうに、黄ばんだシーツやぼろぼろの枕やクッション、染みのついたマグカップまでミスター・アロンソンは持っていった。ニューヨークでの生活をそっくりそのまま移動させるみたいにして。過去に何らかの方法でしがみついていたいみたいだった。
アメリカ最後の日のミスター・アロンソンは、すこぶる機嫌が悪かった。予約した車に大きなスーツケースを幾つも幾つも運び入れ、腫れ物でも触るみたいにしてミーガンとJFK空港まで見送った。ミスター・アロンソンの姿がトラップに消えたとき、ほっとした。
ウルグアイへ行ったからと言って、生活が変わるわけでない、行ったらまた気に食わないと言い出すに決まっている、と息子のデニスは言う。それはそうだ、でも、それよりも、わたしは、楽しい思い出がいっぱい詰まっているところに失望することの方が心配だった。そしたら、ミスター・アロンソンの行き場が、本当になくなってしまう。
でも、少なくとも最初の数か月は、新しい住みかを整えていく必要があるから、気がまぎれるだろう。その、気がまぎれる数か月があるだけでも、ウルグアイへ行くことは価値があるかもしれない。
アパートに残ったものは何でも持っていってくれていい、と言われたので、扇風機をもらって、カートにのせてうちまで運んだ。そしたら、歩いている最中、振動で土台の足が落ち、ガードが落ち、ハネが落ち、ということを繰り返すうちに、帰宅するまでにものの見事に分解してしまった。組み立てようとしたけれど、振動でずれが生じたのか、不可能で、そのまま捨ててしまった。
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