滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 特別編(小説) 三郎さんのトリロジー⑤
「せっかくですが、いいです」と断る三郎さん。
使命感に燃える私は説得をし続けた。
高柳にいたのは夏場の三か月だけで、そのあと少しだけ年末調整の事務をしてから、しばらく仕事にあぶれ、そろそろ木枯らしが吹き始めるころになって派遣されたのは大手ホームセンターのチェーン店だった。配属先はフラワー部門で、水をやったり、肥料をやったり、植え替えや剪定をしたり、ハダニやアブラムシを退治したり、ウドンコ病退治の薬をまいたり、した。
こうやって草花の手入れをしているとき、三郎さんをふと思い出すことがあった。三郎さんも、高柳商店の裏庭の花壇で同じようなことをやっているはずだった。「ちょっと頼んじゃっていいかな」と銀子さんに言われては、都合よく使われているのだろう。
土いじりをするのは、思ってもみなかったのだけれど、けっこう楽しかったし、ホームセンターには、銀子さんみたいな古だぬきもおらず、みんなさっぱりとしていて気さくで、派遣社員も分け隔てなく扱ってくれたから、働きやすい環境だった。三郎さんもこんなところで働いたらいいのに、と思ったのは、自然の発想だった。
そのうち、三郎さんにぴったりではないかと思われる、造園関連の仕事の空きが1つ、出た。
三郎さんも、ここに来れば、好きな土仕事ができるし、陰険な銀子さんや卑怯(ひきょう)な中村さんから逃れることができる。どっちにしたって、高柳商店はいつまでもつかもわからない。三郎さんにとって、これ以上いい話はないと思った。
人事に相談に行くと、乗り気だったから、定休日の水曜日に、高柳商店近くの、坂の下の大きな屋敷の石垣の陰に隠れて、仕事帰りの三郎さんを待ち伏せした。いきなり三郎さんの前に出ると、三郎さんはずいぶんと驚いたようすだった。
「三郎さん、耳寄りの話があるの、ちょっとだけ話を聞いてくれない?」
尻込みする三郎さんを、近くのコーヒーショップのチェーン店に連れていって、説得してみた。