滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 特別編(小説) 三郎さんのトリロジー②

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ

三郎さんは、刑務所にいたことがあるらしい。
ヒョウタン池でゼニガメを飼う三郎さんは、
そんな悪人には見えなかった。

「三郎さんって、刑務所にいたことがあるんだってよ」

 まゆが言ったことがある。

「何でまた刑務所なんかに入ったの」

「そりゃ、悪いことをしたからでしょう、普通、いい人っていうのは刑務所にはいないよ」

「どんな悪いことをしたのか知ってる?」

「なんだか子供にまつわる事件らしいよ。ほら、あの幼稚園で、2年前だか3年前だかに子供が1人事故で死んだじゃない。詳しいことはよく知らないけど、ギョウムジョウカシツチシだってよ」

 ギョウムジョウカシツチシがどういう意味なのかわからなかったけれど、子供心に大変なことなんだと思った。三郎さんは子供を1人殺してしまった悪人なのだ。

 そういえば、

「立派な神父さんだわよね、刑務所から出てきた人をまた引き取って同じ屋根の下で住まわせるなんて」

「あんな事件のあとだったものねえ」

「多田(ただ)さんのお宅、気の毒に」

「でもねえ、わざわざ前科者を囲わなくてもいいでしょう。子供たちだっているんだし、また何かあるんじゃないかって心配よ」

「神父さんに一度かけ合ってみた方がいいと思うんだけど」

 日曜学校のバザーで、そんなことを大人たちが話し合っていたのを聞いたことがある。

 ただ、どこをどう見ても、三郎さんがそんな悪人には見えないのだった。

 夜店かどこかで手に入れてきたのか、いっとき、三郎さんはヒョウタン池でゼニガメを飼っていた。

 三郎さんは、弁当を食べながら、時々、カメにたまご焼きや焼き魚を箸でほぐして分けてやっていた。父さんがデパートでゼニガメを買ってきてくれたときは、カメ用フードを食べさせていたので、たまご焼きなんかあげていいのかなあ、と思った。

 そのうち、だんだん寒くなって水温が下がると、三郎さんがほぐしたたまご焼きを池にぽとぽとと落としてやっても、ゼニガメは以前のように水面に浮かび上がって夢中で食べることはしなくなった。三郎さんが心配そうに池を見下ろしているのを見て、日曜学校のあと、まゆといっしょに、カメに関する薀蓄(うんちく)を傾けに行ったことがある。

 池に近づいていくと、三郎さんは慌てて、近くによるな、という合図をした。子供が池にはまったことが何度かあるので、神父さんから子供は池に近づけないよう注意されていたのだ。確か、そのころには池に柵が巡らせてあったと思う。

 そこで、ちょっと離れたところから三郎さんに話しかけた。三郎さんとじかに話すのはこれが初めてだった。

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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。

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