思い出の味 ◈ 伊岡 瞬
第41回
「大食いの夏」
大学三年生の夏休みに、学友六人(全員男)で北海道を旅行した。移動手段は、メンバーの親から借りた都合二台の車だ。
うち二名は、東北の実家に帰省中だったので、東京方面から北上する途中で合流する。ついでに、そのうちの一軒にひと晩泊めてもらうことになっていた。
当時もおそらく今も、学生は節約旅だ。雨風がしのげて、ひもじくなければ多くは望まない。事実、その後の宿はユースホステル(今みたいにお洒落じゃない)や安宿ばかりの予定だった。だから、おもてなしなどは期待していなかった。
風呂をいただいたあと夕食に呼ばれた。
田舎(愛情表現)の家は、ひと間が広い。広くなければぶち抜いて広くする。このときも、旅館の広間のような畳部屋だった記憶がある。そこに、大きなテーブルが二つ置かれ、載りきらないほどの料理や飲み物が並んでいた。
ざっと覚えているだけで、揚げたてのトンカツ、刺身、天ぷら、煮物、ポテトサラダ、ここまですべて大皿。ほかに漬物や珍味の小鉢、炊きたてのご飯に味噌汁。ビールその他の飲料、などなど。
食った。我が人生でも屈指の大食い体験だった。しまいには全員で唸りながら、座椅子にのけぞって腹に押し込んだ。
デザートに桃とスイカが出た。なんとか食った。だめ押しでゆでたてのトウモロコシが出た。これも丸々一本食った。
ここでギブアップした。その家の息子に「お母さんに、そろそろお腹いっぱいだって伝えてくれ」と頼んだ。
翌日、北海道へ向かう車の中で、その息子が笑った。
「お袋が『あんたの友だちは、みんな大食いだねえ』だってさ」
田舎(愛情表現)の人は、よく「足りないといけない」と言う。追加の惣菜が必要になるか、心配していたらしい。
そのお宅の家族の分まで食い尽くしたのではないかという気がしている。ごめんなさい。そしてご馳走さまでした。
ちなみに、〆の採れたてゆでたてのトウモロコシが一番美味しかった。
若さと馬鹿さは同義語である。
彼らとはいまだに交流がある。
伊岡 瞬(いおか・しゅん)
1960年東京都生まれ。2005年、『いつか、虹の向こうへ』で第25回横溝正史ミステリ大賞とテレビ東京賞をダブル受賞し作家デビュー。著書に『代償』『痣』『悪寒』『本性』などがある。
〈「STORY BOX」2021年3月号掲載〉