翔田 寛 ◈ 作家のおすすめどんでん返し 06
1話4ページ、2000字で世界が反転するショートストーリーのアンソロジー『超短編! 大どんでん返し』が売れています。執筆陣が、大ヒットを記念して、どんでん返しを楽しめる映画やアニメ、テレビドラマ、実話怪談など、さまざまな作品を紹介してくださいました! ぜひチェックしてみてください。
作家のおすすめどんでん返し 06
哀切を極めた青春ミステリー『夏草の記憶』
翔田 寛
失恋の痛手は、誰もが経験するものだろう。トーマス・H・クックの小説『夏草の記憶』は、白人少年ベン・ウェイドの、謎めいた少女ケリー・トロイへの熱烈な思慕と、その想いが潰えさる顛末を物語って、痛切な共感を呼び覚まさずにおかない。
舞台はアメリカ南部アラバマ州チョクトー。時は1962年。黒人差別が当たり前の時代、北部から転校してきた美少女ケリーは、ベンとチョクトー・ハイスクールの学校新聞『ワイルドキャット』の編集者となる。
独身の母親と貧しく暮らし、過去について何も語らないケリーが関心を向けたのは、町はずれの草深い「ブレイクハート・ヒル」だった。昔、奴隷市が立った日、我が子の自由のために、黒人奴隷たちが急峻な坂を死にもの狂いで駆け上る血みどろの競技が繰り広げられた場所だ。
想いを募らせるベンの前で、黒人差別に毅然と反対を表明するケリーは、学内随一の人気者トッド・ジェフリーズに惹かれてゆく。トッドの元恋人で、黒髪の麗人メアリー・ディールの激しい嫉妬。トッドの取り巻きの若者エディ・スマサーズの軽薄ぶり。卒業生ライル・ゲイツの黒人嫌い。ベンの親友ルーク・デュシャンだけが、そんな若者たちの悲喜を冷静に見つめ続ける。そして、嫉妬を抑えきれないベンが、エディに悪意を込めてつぶやいた《たった一言》が、ケリーに取り返しのつかない悲劇をもたらしてしまう。
ブレイクハート・ヒルで襲われて、彼女の目は二度とものを見ることはなくなったのだ。逮捕されたのは、ケリーと反目していたライルだった。だが、ケリーはどうして、一人でブレイクハート・ヒルに行ったのだろうか。
三十年後、チョクトー住民から尊敬を集める医師となっていたベンは、ケリーの老いた母親から《一つのもの》を見せられた瞬間、身をよじる痛みが胸を貫き、ケリーの巻き込まれた事件の光景が、丸ごと模様を変えたことに気が付くのだ。そして、読者は、その先のさらなる驚愕の事実に絶句することだろう。
翔田 寛(しょうだ・かん)
1958年東京生まれ。2000年「影踏み鬼」で第22回小推理新人賞を受賞しデビュー。08年『誘拐児』で第54回江戸川乱歩賞受賞。18年『真犯人』(第19回大藪春彦賞候補)がテレビドラマ化。著書に『影踏み鬼』『過去を盗んだ男』『築地ファントムホテル』『人さらい』『黙秘犯』『クライム・プランナー』などがある。
『超短編! 大どんでん返し』
編/小学館文庫編集部