辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第46回「4歳児の心配性」
上がっていく子どもたち。
完璧とは程遠いのだけれど。
小学生になったら、学校まで親なしで歩いていかなければならない
→登校班があるから、しばらくは上級生が連れていってくれる
→では自分が最高学年になったら!?
→学校までの道が分からない! すでに6年生を経験した先輩や学校の先生が教えてくれるの? 違うの? パニック!!!
ということだったらしい。だから6年生という前提になっていたのか、と納得する。今のうちから下の子を率いる責任感があるのはいいことだけれど、4歳児の地理把握能力で6年生になった場合を想定して推論するのだから、なんともあべこべな話に……。
小学生になるのが怖いと泣き続ける長女を30分ほどかけてどうにかなだめ、やっと寝かしつけたときには、疲労もあったけれど笑ってしまった。でも本人は大真面目。こういうとき、懸命に考えてその結論を出した長女の自尊心を傷つけないよう、「そんなことで悩むなんて可愛い~!」と茶化すことはしないようにしている。まあ、心の中ではめちゃくちゃ思っているけれど。
また、あるときは。
幼稚園に迎えにいくと、「ママだー!」といつものように長女が笑顔で駆けてきた。そして急に思い出したかのように、何かの報告を始める。
「あのさ、きょうさ、◆◆ちゃんがさ、わたしのくつをさ、まちがえてはいてかえっちゃってさ、うぇぇぇぇぇんんんんん」
さっきまでの笑顔が嘘のようなギャン泣きに驚き、とりあえず長女の肩を抱いて話を聞く。泣いている長女の訴えによると、色とデザインがまったく同じスニーカーを持っているクラスメートがいて、その子が長女の靴を誤って履いて帰ってしまったらしい。
うーん。でもそんなことは、幼稚園では日常茶飯事なはずなのだが。リーズナブルな価格で子ども服を売ってくれるメーカーは限られているため、園に履かせていく靴や靴下が他の子とかぶることは非常に多い。実際、過去にも取り違え事件は起きているけれど、そのときは長女もこれほどショックを受けていなかった。担任の先生が事態を把握しているのなら、明日には返ってくるだろうし、そんなに泣くことではないのでは……?
と訝しんでいると、担任の先生が説明にやってきた。実は、その日長女の靴を履いて帰ってしまったのは、引っ越しと退園が決まり、クラスメートに最後の挨拶に来てくれた子。長女の訴えを聞いてすぐに先生が親御さんに連絡してくれたおかげで、すでにスニーカーは返却されているのだという(事件発生時に泣き続けていた長女には、どうもそのことが正しく伝わっていなかったらしい)。
今日を最後に退園する子が、自分の靴を履いて帰ってしまった
→普通なら翌日に返してもらう
→だが、彼女が登園する「明日」はもうない
→自分の靴はもう二度と返ってこない! お気に入りだったのに!! パニック!!!
という……なるほど、それなら理解できる。よりによって、ピンポイントでクラスメートの最終登園日に取り違え事件が発生するとは。4歳児にとって、さぞ恐ろしい体験だったことだろう。
でも、何よりも感謝しなくてはならないのは、相手の子の親御さんが、もう二度と訪れないと思っていた園にわざわざとんぼ返りして長女のスニーカーを返却してくれたことだ。ありがたや、ありがたや。見えるところに油性ペンで名前を書いてはいたけれど、もっと分かりやすいマークなどをつけておいたほうがよかったのかな。紛らわしいスニーカーを履かせていて、どうもすみませんでした……。
とまあ、こんな感じで少しずつ、長女は先のことを見通して考えられるようになり始めている。発展途上なだけに、その謎多き思考回路に親が振り回されることも多い。それは息子も同じだ。今朝も、「ちゃんとおけしょうして、おしごといかないと、パトカーくるよ!」と叱られた。なんでだよ。薄化粧だけど毎日してるよ。メイクをしないのはそんなに重罪か。そうなのか。
今は笑っていられるけれど、あと数年もすれば大人さながらに物事を考えられるようになって、親子喧嘩の最中に「はい、論破」などと捨て台詞を吐かれたりするようになるのだろうか。屁理屈で言い負かされないように、私もせいぜいミステリを書き続けて、論理力を磨いておかなければ……ん、大人げない? まあ、なんというか、そうやって対等に議論ができるようになる日も、親としてはちょっぴり楽しみなのである。
(つづく)
小学館
東京創元社
『十の輪をくぐる』
小学館文庫
『十の輪をくぐる』刊行記念特別対談
荻原 浩 × 辻堂ゆめ
▼好評掲載中▼
\毎月1日更新!/
「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『二人目の私が夜歩く』。