週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.178 ブックファースト練馬店 林 香公子さん
今回ご紹介したい新刊は飛浩隆『鹽津城』です。飛浩隆は2002年にハヤカワSFシリーズJコレクションから『グラン・ヴァカンス』が刊行されて以降、新刊の『鹽津城』までで8冊の本が出ています。多作ではありませんが、どれも痛烈な印象が残る作品ばかりで日本SF大賞を2度、星雲賞は4度受賞。既刊は全て文庫化。現在も全ての作品を書店でご購入いただける作家です。
そんな飛浩隆の8年ぶりに出た作品集(途中、長編作品1冊と2002年以前の初期作品集、評論集は出ています)である『鹽津城』は2018年から2022年までの間に文芸誌等に発表された中・短編をまとめた本です。
離れて暮らす夫婦の結婚記念日の贈り物から、二人の隔たれている距離があらわになる「未の木」から始まり、こども食堂を舞台にローティーン同士のあいまいな状況のやりとりから「読むこと」を突きつけてくる「ジュヴナイル」、40年間同じ人間が首相(104歳)を続けていて、更に7年続投の報が流れる中での田舎町の水害の日。管理が過ぎた社会と災害の緊張感とカタストロフィが堪能できる「流下の日」など6作品が収録。表題作の「鹽津城」は「海水から塩が逃げ出し、生き物のように活動する」中、2009年の日本海大地震により発生した鹵の津波によって埋もれた原子力発電所を抱える世界、と、体の中に塩分濃度の高い細い線状のものが形成される難病が蔓延する世界(こちらは2011年に東日本大震災が起きている)、鹵攻により変貌した遠い未来の3つが描かれ、重なっていく小説です。突拍子もない設定に興奮し、書かれている内容を理解する喜びが先に立つのですが、震災やコロナといった災害を経験した現在を想像の力でまとめあげた大技の魅力を感じる作品でもあります。美しくて恐ろしい想像力の産物に、時々でも触れることができることに感謝をしつつ、今作も大事に売っていきたいと思っております。
あわせて読みたい本
美しいものの短編集といえばこちら。幻想文学の棚では「日本幻想文学集成」や「書物の王国」といったアンソロジーの編者としてお馴染みの須永朝彦の小説集です。2021年没後に小説家の山尾悠子を選者にちくま文庫から発売となりました。1970年代に発表された作品を中心に25編収録。吸血鬼に天使、美少年などが描かれた小説たちは今もきらめいており、ある種のうっとりとするもののベースはここにあるのだと思わされます。江戸川乱歩・谷崎潤一郎・佐藤春夫・稲垣足穂の架空対談などチャーミングな作品もあります。
林 香公子(はやし・かくこ)
どちらかといえば読書家。