辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第42回「第3子誕生」

辻堂ホームズ子育て事件簿
ついに、第三子出産!
はじめての無痛分娩を終え、
子どもたちに対面させると?


 2024年8月×日

 ──2600グラム。

 ──女の子ですか?

 ──女の子です!

   

 ……産後1日目。

 スマートフォン片手に病室のベッドに寝転び、関係各所に生存報告メールをする。『ありがたいですが昨日の今日でメールなんてせず(笑)』と編集者さんにたしなめられる。

 午後からは赤ちゃんとの母子同室開始。3人目ともあって新生児のおむつ替えが上手すぎて、この4年半で磨き上げてきた自分の技術に惚れ惚れする。

 病院のロビーで、面会に来てくれた上の子たちに会う。「ママのおなかがぺっちゃんこになった!」と喜ばれる。いきなり2歳息子(12kg)におんぶを求められ、応じる。妊娠中、断り続けていた負い目があったので……。「赤ちゃんがお腹から出てきたら、また抱っこやおんぶができるようになるよ」と言い聞かせ続けていたのは事実だけれど、もう少し猶予がほしかったなぁ……? 産後24時間と少ししか経っていない私の骨盤、大丈夫か?

 

 ……産後2日目。

 今回こそ入院中に仕事をしないぞ! 子育てエッセイも書かないぞ! という強い意志を持って、PCやスマートフォン用キーボードを自宅に置いてきたはずだった。しかし結局のところ手持ち無沙汰になり、ぽつぽつと仕事メールに返信し始める。ちょうど分娩台の上にいるときに受信して内容だけ確認していた、高校入試の過去問題集への著作物掲載許諾依頼メールだとか。審査員を務めることになったコンテストの、契約書ドラフトの確認依頼メールだとか。

 だって新生児は、1日16時間以上寝るのだ。授乳やらおむつ替えやらに30分×8回=計4時間かかるとして、その合間に8時間睡眠を取ったとしても、4時間は余る。食事やシャワーや面会対応だけでは、空いた時間は埋まらない。

 入院初日から出産を挟んで読み続けていた桜庭一樹さんの『赤朽葉家の伝説』は早々に読了してしまったので、同じ編集者さんに薦められた赤坂真理さんの『東京プリズン』を読み始める。いずれも〝母と娘〟をテーマに据えた話だ。新生児用の透明なコットに寝ている次女を横目に読むのは、なんだか感慨深い。

  

 ……産後3日目。

 とうとう暇を持て余し、前日に偶然舞い込んできた新規案件に取り組み始める。小説の執筆ではなくて、文章の添削をする、みたいな仕事だ。今のスマートフォンはすごい、と再認識。アプリさえ入れれば、メールに添付された zipファイルも解凍して中身を確認できるし、Microsoft Word でも Excel でも、Googleドキュメントでもスプレッドシートでも、なんでも手軽に編集できてしまう。こと新生児の育児中は、片手で操作できるぶん、むしろPCより時間を有効活用できるのではないか。

 面会に来た夫に「今日の個室代くらいは賄えたかな~」などと何気なく話すと、一緒に来ていた義母に苦笑されてしまった。そりゃそうだ。どうして病室のテレビでも眺めながらゆっくりしていられないのだろう、私。

  


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『二人目の私が夜歩く』。

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