私の本 第7回 水野 学さん ▶︎▷01

「この本のおかげで、いまの私がある」をテーマにお話を伺う連載「私の本」。

 今回は、「くまモン」の生みの親でもあるクリエイティブディレクターの水野学さんを直撃! 現在の仕事にたどり着いたきっかけは、小学5年生のときに起きたある不幸な出来事だといいます。水野少年がその後に出合う、「とてつもない衝撃を受けた」本とは──?

私の本 第7回 水野 学さん ▶︎▷01

事故に遭い、絵を描いたり本を読み始めた

 幼い頃は、外で遊ぶのが好きな子供でした。野球をやったり、いつも泥だらけで過ごしていたんです。でも小学5年生のときにトラックに轢かれて、左ひざの靭帯のほぼ全てを断裂するという事故に遭いました。

 僕はひとりっ子で、もともと自分だけで過ごす時間が多かったんですね。そのうえ事故で学校にすら行けなくなって、ものを作るとか、絵を描くとか、本を読む時間がどばっと増えたんです。

 事故の原因は相手側だけにあるわけではありませんが、「なぜ僕だけこんな想いをしなければならないのか」と感じて、苦しかった。でもあとになって考えれば、その事故が現在の仕事に繋がるきっかけを作ってくれたんだと思います。

サハラ縦断に夢を賭け、絶命した若者の記録

 僕は、いろいろなものからすごく影響を受けやすい性質なんだと思います。当時のドラマでいえば『3年B組金八先生』とか『北の国から』とか、もうなんにでも感化されてしまう。

 だからいままでに影響を受けた本を数えたら、1000冊以上になってしまうかもしれません。

 そのなかでも僕の人生のわりと早い時期、中学3年生か高校1年生の頃に読んでとてつもない衝撃を受けたのが、上温湯隆さんの『サハラに死す』です。

 上温湯隆さんは、1970年代にガイドもつけず、東西7000キロにも及ぶサハラ砂漠を、1頭のラクダだけを連れての横断にチャレンジします。

 決まったルートもなく、ときどきあるオアシスを頼りに進むしかないという前人未踏の単独横断に青春を賭けたんですね。でも途中で消息を絶って、結果的には遺体となって発見されます。

 この本には、のちに見つかった日記をもとに横断の様子や彼の想いが綴られています。命がけで自分のやりたいことをやって、最後は本当に絶命してしまうという生きざまに、深い感慨を覚えました。

水野学さん


 もし「男のロマン」という定型文にあてはめていいのであれば、もうあてはまりすぎというか、本当にすさまじい。

 哲学とは本来、「知を愛する」という意味のギリシャ語を由来としていますよね。机の上で哲学について考える人もいれば、こういう砂漠を横断するという行動で、自分とはなにものか、生きるとはどういうことかに向き合う人もいる。

 では自分はどうしていくのかと、そう自らの人生に思考を巡らせる体験をした貴重な一冊です。

 この本はいま再販されていますが、絶版だった時期もあったので、まとめて買っておいて友人や知人にプレゼントしていました。僕の周囲はさまざまな意味で満たされている人が多いから、こういう本を渡すと、いい意味で精神的な刺激になってもらえるかなと思ったんです。

共感力が人を豊かにし、仕事にも役立つ

 僕は現在、デザインを通じて、企業のコンサルティングをしていますが、仕事にはセンスが大切だといつも思っているんです。

 センスは何歳になっても、後天的に獲得することができます。そのためには知識を増やしていくこと、これに尽きるんですね。

 王道も流行もふくめてすべての知識を自分のなかにいったん蓄積して、それをどう接着させるかが大事なのです。

 そんなふうにセンスは後天的につくり上げることができるけれど、感動する力というか、感受性の強さというのは先天的な部分が多いように感じます。

 同じ経験をしても感動しない人もいますよね。じつは、感動するとそれが強く脳に刻まれるから、自分の血肉にしやすいということも言われています。

 もし「共感力」に資格昇段があるとすれば、僕なんか8段くらいはいっていると思います。ただ、周りはうざいでしょうけどね(笑)。

 たとえば飛行機で移動中に、家族ものとか動物ものの映画を観ると、もうめっちゃくちゃ号泣します。あまりに泣きすぎて、客室乗務員さんにティッシュをもらったこともありました。あんなに客室乗務員さんにやさしくされたことは、後にも先にもなかったです(笑)。

 僕はゆるキャラ「くまモン」のデザインを手がけましたが、『学習まんがシリーズ くまモン』を読んだときも、思わず泣いてしまいました。

 くまモンの誕生から、熊本地震が発生して被害が広がるなか「こんな大変なときに、ゆるキャラは不謹慎だ」と葛藤しながらも、人々を元気づける存在になっていく。そんなくまモンの"伝記"が描かれた漫画なんですけれど。

 僕の会社のスタッフからの相談にのるときも、親よりも熱い。だから、「本当にアドバイス聞きたい?」と一度尋ねてから、話すこともあります(笑)。

水野学さん


 ただ、じつはこの共感力というのは、仕事にとても生きるんです。僕はいつも自分自身がコンサルティングをする社長の立場になってものを考えます。つまりは当事者に近づく、当事者になるということです。

 だからクライアントは、「君はそこまで考えてくれるのか」と喜んでくださる方が多いです。

 デザインによるコンサルティングというけれど、結局はそういう人間力が大切なんです。でもそれは恐らく、どんな仕事でも同じなのではないでしょうか。

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水野 学(みずの・まなぶ)

good design company代表。クリエイティブディレクター、クリエイティブコンサルタント。ゼロからのブランドづくりをはじめ、ロゴ制作、商品企画、パッケージデザイン、インテリアデザイン、コンサルティングまでをトータルに手がける。おもな仕事に、相鉄グループ「デザインブランドアッププロジェクト」、熊本県「くまモン」、中川政七商店、久原本家「茅乃舎」など。ブランド「THE」の企画運営も手がける。The One Show金賞、D&AD銀賞、CLIO Awards銀賞、London International Awards金賞ほか受賞多数。