青崎有吾さん『早朝始発の殺風景』

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気まずさの力
著者近影(写真)
青崎有吾さん『早朝始発の殺風景』
イントロ

 第二二回鮎川哲也賞を受賞したデビュー作『体育館の殺人』の単行本刊行時に、青崎有吾はミステリにおける論理展開の緻密さを評価され、「平成のエラリー・クイーン」という異名を戴いた。その異名が長らく作家像を規定していたが、平成最後の冬に発表した最新短編集は、ロジックの緻密さはそのままにとある感情へとフォーカスを当てて、これまでの作家像を壊すミステリとして完成した。

 五月中旬の早朝、郊外を走る始発電車に乗り込んだ高校二年生の「僕」は、同じ車両に一人だけ乗客がいたことに驚く。普段あまり話さないクラスメイトの女の子だ。校門が開くのは七時半にもかかわらず、五時半の始発に乗っているのは何故だ? その疑問を抱いたのは、相手も同じだった。ぎこちなく挨拶を交わした二人の会話はいつの間にか、お互いが始発に乗った目的を探り合うゲームへと発展する──。

 表題作である第一話「早朝始発の殺風景」に、本書収録作に通底する魅力が凝縮されている。ワンシチュエーションで繰り広げられる、密室会話劇だ。

「デビュー直後の大学三年生の頃、お酒を飲んでいたら終電がなくなってしまって、先輩の家に泊まって朝までテレビゲームをする、という大学生にありがちな夜の越し方をしたことがあるんです。初めての駅で始発電車を待っていた時にふと、第一話の設定を思い付きました。始発って、普段とは違う特別な理由があるから乗るものではないでしょうか。しかも車両の中って、電車が動き出したら逃げ場はない、いわば密室状態ですよね。密室で起こる会話劇をミステリと絡められたら、面白い話になるんじゃないかと思ったんです」

 二人の登場人物を高校のクラスメイト同士に設定することも、着想の段階で決めていたという。

「始発を待っていた時の朝日の爽やかさが、青春っぽさを感じさせてくれたんだと思います。飲んで朝帰りする大学生よりは、通学電車に乗る高校生の方が爽やかですよね(笑)」

 ところが、完成させた短編は爽やかさからは遠いものだった。

「二人とも相手には知られたくない秘密を胸に抱えている、その時点で爽やかさからはちょっと離れてしまいました。電車に二人っきりというシチュエーションも、心理的にはなかなか厳しいと思うんです。僕自身も高校時代に経験があるんですが、朝に乗った電車でたまたま、同じ部活の同学年の男が一人で乗っていたんですよ。みんなでいる時は仲良くしゃべるんです。だけど、そいつと二人きりになったというのが初めてで、お互いどんな話をしたらいいか分からずにどんどん時間が過ぎていった。その時のことを思い出すと、今でも"うぁー!!"となるんです」

 その時に作家が胸に抱いていた感情を、第一話の「僕」もまた感じている。それは、気まずさだ。「僕」と同級生との会話の中には、相手のことをさほど知らないがゆえに誤解や勘違いが生じ、場の空気を変えるために発した言葉が空回りして、お互いに言葉を飲み込む「……」が多発する。「まさにその"……"が書きたかったんです」と作家は教えてくれた。

「大学では演劇学を専攻していました。もともと演劇が好きだったわけではなくて、演劇のことを知らないから、学んだほうがいいかもしれない。いつか作家になった時に、その知識が生かせるのではないかと思ったんです。不真面目な学生ではあったんですが、授業で戯曲を読むことや生の舞台を観ることを通して、自分は場面展開がない、ワンシチュエーションの密室劇が好きなんだなと気付きました。逃げ場のない状況で登場人物達が会話をしていると、話題が途絶えて"……"の時間が訪れる。その時舞台上に漂う気まずさが、フェチと言っていいくらい大好物なんです(笑)。気まずさって、当事者的には大変だし苦しいものですけど、第三者の視点で見るぶんにはすごく面白い。それを小説で表現してみたいな、と思った初めての短編だったんです」

リアルな「日常の謎」をリアルな日常会話で書く

 自身初のトライアルとなった第一話の成功を経て、作家はとある野望を見出した。

「高校生もので、ワンシチュエーションの密室劇でミステリ、という縛りで揃えた短編集にしたいと思いました。普段書いているものはネタやテーマがとっ散らかった、闇鍋みたいな話が多いので、コンセプトがまとまっている本を作ってみたかったんです」

青崎有吾さん

 第二話以降の舞台はファミレス、観覧車、公園のレストハウス……。いずれの短編も構想を立ち上げるうえで最初に確定させたのは、シチュエーションだったという。

「ミステリ作家のみなさんはまずトリックありきで、そこから逆算してお話を作る方が多いと思うんですけれども、僕はプロット段階ではシチュエーションから先に考えていくことが多いです。そこから"このシチュエーションに合う謎は何だろう?"と想像を進めていくので、真相に当たる部分を考えるのは後回しになる。でも、入口から作っていった方が、自分でも思いもかけないような真相に辿り着くことがあるんですよ」

 実はもう一つ、本書には野望があった。殺人が起こらないミステリのことを一般に「日常の謎」と呼ぶことに、以前から違和感を抱いていた。本書では、本当にリアルな「日常の謎」を書きたかった。

「大学のミステリ研究会時代に先輩達とよく話していたことなんですが、例えば部室から物がなくなるという事件って、一見すると『日常の謎』のようだけれども、冷静に考えたら警察沙汰の盗難事件ですよね。犯罪ではない、本当に身近な日常の範囲内で起こる謎を書いてみたかったんです。第一話だけは物騒なことが起こりますけど、第二話以降はそのコンセプトを強く意識しました」

 リアルな「日常の謎」を書こうとしたことが、通常のミステリ的な作劇とは異なる、リアルな日常会話を書くことに繋がったのは必然だったのかもしれない。

「ミステリを書いているとどうしても、情報過多な文章になってしまいます。登場人物達の会話の中身も、事件を解決するための情報交換になってしまう。あんまり謎らしい謎が出てこないこの本ぐらいは、できるだけ普通の会話や叙述の仕方をしたかったんです。だから情報もバラバラの順番で提示されるし、登場人物達が話す言葉は理路整然としていない。青春モノでよく見るような"お前、進路どうするの?"みたいな実のある会話もしない(笑)。でも、実際の会話って、これぐらいのものだと思うんですよ」

気まずさを感じる時間が人間を作り、成長させる

 第五話「三月四日、午後二時半の密室」で採用したシチュエーションは、初めて訪れたクラスメイトの部屋だ。風邪で卒業式を欠席した女の子の家へと、クラス委員の女の子が卒業証書を持って訪れる。二人は友達と呼ぶべき関係ではなかったし、数時間前に卒業式を終えた今は、クラスメイトですらない。気まずい沈黙が流れるが、クラス委員の女の子には解きたい謎があって……。

「それまでの四つのお話を書くうちに、青春と密室というシチュエーションの繋がりが見えてきました。教室という空間に数十名閉じ込められた状態って、密室にいるようなものなんじゃないか。青春という密室に、気まずさは付き物なんだなと思ったんです」

 そこで思考は止まらなかった。青春という密室を舞台にしたからこそクローズアップされた、気まずさという感情が、登場人物それぞれの人生の糧になっているのではないのか? それは読み手にとっても同じかもしれないというメッセージを、物語の出口で指し示したのだ。

「自分の人生を振り返ってみても思うのは、気まずくて黙り込んでしまっている時間って、さっき相手が言ったことの意味は何だろうとか、次は何の話をしようとか、心の中ではいろいろ考えている。別にどうでもいい相手だったら素直に黙って、自分の世界に入っていれば良いわけじゃないですか。そこで気まずくなるっていうのは、相手と仲良くなりたい、繋がりたいという感情の発露なんじゃないでしょうか。今回書いた五つのお話はどれも、気まずさが解消されると同時に、相手と仲良くなったり、語り手の中の何かが変わったりします。それって、気まずさを経験したからだと思うんですよね。僕らもたぶん、同じなんだと思います。気まずさを感じる時間が、自分という人間を作ってきたし、成長させてきてくれたんだと思うんです」


早朝始発の殺風景

『早朝始発の殺風景』
集英社

始発の電車で、放課後のファミレスで、観覧車のゴンドラの中で。不器用な高校生たちの関係が、小さな謎と会話を通じて、少しずつ変わってゆく──。ワンシチュエーションとリアルタイムで展開される、五つの"青春密室劇"。


著者名(読みがな付き)
青崎有吾(あおさき・ゆうご)
著者プロフィール

1991年神奈川県生まれ。明治大学文学部卒業。2012年『体育館の殺人』で鮎川哲也賞を受賞しデビュー。他の著書に『水族館の殺人』『アンデッドガール・マーダーファルス1』『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』『図書館の殺人』『ノッキンオン・ロックドドア』などがある。

〈「STORY BOX」2019年3月号掲載〉
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