川瀬七緒さん『賞金稼ぎスリーサム! 二重拘束のアリア』

強い信頼でつながった、理想のチームかもしれません

 元警部、警察マニア、ハンターという変わり種トリオが難事件を解決する、川瀬七緒さんの『賞金稼ぎスリーサム!』シリーズ第2作が発表されました。チームを組む主人公3人のキャラクターの弾けっぷりと、先読み不可能なスリリングな展開はさらにパワーアップ。予想外の犯人像に驚かされる、一気読み必至のエンターテイメントです。本作の構想秘話や、前作から続く世界観の広がりについて、じっくり語っていただきました。

川瀬七緒さん『賞金稼ぎスリーサム! 二重拘束のアリア』

難事件の調査で強まる3人のチームワーク

きらら……前作『賞金稼ぎスリーサム!』から1年足らずでの、スピーディな続刊となります。すでに構想はお持ちだったのですか?

川瀬……特に構想はしていませんでしたが、早いうちに、続きを書きたい気持ちはありました。前作のペットショップ放火事件から、ある程度の時間が経った後の話にしようと思いました。

きらら……設定は事件から約1年半後。藪下・淳太郎・一花の3人は、前回得た莫大な報奨金をもとに、刑事事件の調査を請け負う会社『チーム・トラッカー』を起業します。こういった会社は実在するのですか?

川瀬……いえ、まったくの架空です。公判がすべて終わった事件に、納得いかない関係者が事件の再調査を依頼する会社は存在しますが、だいたい私立探偵事務所の領分ですね。『チーム・トラッカー』みたいに、事件を警察と並行して追っていく会社は、日本にはないでしょう。

きらら……彼らの最初に手がける仕事は、どんな内容でいこうと?

川瀬……前作のラスボス的な犯人、国際テロリストの松浦冴子の存在は、今作でも出したいと思いました。藪下たちが出会うきっかけとなった前回の事件では、松浦の正体を明かし、ギリギリまで追い詰めますが、結局とり逃がしています。
 ですが今作では、松浦の影はちらつくものの、藪下たちは全く別の事件に関わることになります。活動の環境は、2作目でだいぶ変わりました。まずはチームとしての3人の地固めをしていこうと考えました。

きらら……『チーム・トラッカー』は、3年前の若夫婦死亡事件の再調査依頼を受けます。依頼主は死亡した妻・結衣子の両親。結衣子と夫・真人は自宅内で、壮絶な〝殺し合い〟の果てに、ふたりとも死亡したという奇妙な事件です。

川瀬……横溝正史さんを意識したわけではないですが、何かつかみどころがなく、わけがわからない事件を、自分なりに書いてみたらどういうものになるか、探りつつ進めていきました。
 夫婦が憎み合うことはあっても、本当に武器を取って死ぬまで争うような状況は、そうそうない。非現実的だけど、実際にそうだったとしか思えない難事件に、藪下たちは挑みます。

きらら……渋々ながら、若いふたりの仲間と組んでいるリーダーの藪下。イケメンで人の懐に入りこむのが天才的な淳太郎。腕利きの狩猟家で、極端に人付き合いの下手な一花。個性味あふれる3人のチームワークは、より強くなったようです。

川瀬……前作ではお互いに多少の遠慮がありましたけど、いろんな局面を乗り越えて、遠慮するような関係ではなくなりましたね。それぞれの特性を、お互いにうまく利用している。近寄りたくないけど、求め合っているような、特別な関係になっています。
 一応、藪下はチームのなかで常識人として置いています。でも実は、狂気的な部分を持っています。年長者で、的確に指示を出せると同時に、キレると何をするかわからない。そういう人だから、淳太郎や一花みたいな変わり者を、コントロールできているのでしょう。

きらら……チームワークは整っているけれど、仲良しトリオではない。

川瀬……そうですね。作中にも出ていますが、休日にキャンプに行って楽しむような関係ではありません。ただ、藪下は淳太郎と一花を、強く信頼しています。性格的には許容できないですし、可愛がってはいないけれど、ピンチでは必ずフォローし合います。
 互いに労うような間柄ではなくても、強い信頼でつながった、理想のチームかもしれません。

謎が謎をよぶ、不気味な怪事件

きらら……各々の特殊な能力を活かし、藪下たちは結衣子夫妻の殺し合った現場で、周到に隠されたカメラを見つけます。

川瀬……ふたりも殺害された凄惨な現場なのだから、警察は細部まで調査をしたはずです。それでもカメラの存在は見落とされていました。第三者の関わった、犯罪である証明です。殺し合いの原因は、どうやら夫婦だけの問題ではなかった。奇妙な事件の謎を解明していくのに、隠しカメラは効果的に使えました。

川瀬七緒さん

きらら……盗撮されていた結衣子の周辺を、藪下たちは丹念に調べていきます。表向きは睦まじい夫婦だったようですが、離婚届を用意していたり、明確な殺意を真人に抱いていたらしいなど、結衣子の生前の実像が浮かんできます。

川瀬……結衣子は、母親の過干渉にも苦しめられていました。それが彼女の人格形成に大きな影響を及ぼしています。もし母親から普通に育てられていたなら、結衣子は今回の事件の被害者になっていたかどうか。事件を仕掛けた犯人の本心はわかりませんが、何とも言えませんね。

きらら……後半、結衣子夫妻を死に追いやった真犯人の計画が、ついに明かされます。悪意の塊のような目的に、ぞっとさせられます。

川瀬……今回執筆するにあたり、物語に影響を与えた実在の犯罪者がいます。1968年、イギリスで男児ふたりを連続殺害したメアリー・ベルです。

作品に影響を与えた実在の犯罪者

川瀬……メアリーは当時、10歳の女の子でした。男の子ふたりを手にかけたほか、周囲の子どもに重傷を負わせていました。悪びれるどころか、殺した男の子の母親を訪ねて「息子を殺されて、どんな気持ち?」と聞いたり、犯行をほのめかすメモを書くなど、警察を挑発するような態度をとっていました。最初の殺人で容疑はかけられるのですが、まだ少女のうえ、恐ろしいほどの虚言癖で、捜査を攪乱しました。
 結局、彼女は捕まって裁判にかけられます。そのときの証言は全部ウソなんだけど、子どもとは思えないほど頭がよく、巧みな話術に、大人も彼女の言う通りになってしまいそうになるんです。結局、メアリーは有罪判決を受けて服役します。けれど収監中に仲間を言いくるめて、脱走を図っています。
 未成年が起こした事件を検索すると、メアリー・ベル事件は必ず出てきます。異常性が、世界の犯罪史上でも際立っている。純粋に頭のなかが悪意だけで満たされた、きわめて特殊な女の子でした。家庭環境に非常に問題はあったようなのですが、なぜそういう人格になったのか、わかっていません。
 メアリーのように、嘘が上手くて、はた目にはいい人と思われている悪意でいっぱいの人物は、日常生活に少なからず潜んでいると思います。ターゲットにされた人は、破滅するしかないでしょうね。

きらら……北九州監禁連続殺人事件、尼崎連続殺人死体遺棄事件などを思い出しました。

川瀬……まさに、ああいう感じです。北九州と尼崎の主犯も、人を人と思っていない。巧みに他人の家庭に入りこみ、徹底的に洗脳をかけて、好きなように操ってから、全員の命を奪おうとします。異常としか言いようがない。でも不思議なのは、生き残った被害者は決して、自分からは「助けて」と言わないんです。
 洗脳を受けながら普通に暮らし、仕事にも行っています。外の世界と断絶されているわけではないのに、通報しようと考えない。殺された遺体など、どうしようもない証拠が出て、ようやく事件が発覚します。
 このような気質の犯罪者は、ダブルバインド=二重拘束を使いこなし、ターゲットを無気力に追いこみ、欲求を満たしていきます。悪いことだとまるで自覚していないのが、本当に恐ろしい。世間的にはいい人で通っているから、犯罪自体も発覚しづらいんです。ある意味、松浦冴子に匹敵するような、巨悪の犯罪者に『チーム・トラッカー』は立ち向かっていきます。

犯人に惑わされてしまうハンター・一花

きらら……今回は、前作にも増して一花のキャラクターが際立っていました。

川瀬……彼女は私のなかの設定では、普段お見合いパーティに何回も行っているんですよ。見た目は可愛いから、男は何人も近づいてきます。でも喋ったら、もうダメ。男の人に狩猟の「括り縄」の話を延々するでしょうからね。性格を知られて、サッと引かれてしまう、残念な体験を何度もしています。

きらら……それはそれで、愛らしいのでは。

川瀬……いやいや、面倒くさいでしょう。

きらら……今作ではそんな一花が、真犯人の手練に呑みこまれます。何が真実で何が虚像なのか、読み手にもわからなくなってきます。チームの絆が試される展開に、引きこまれました。

川瀬……メアリーも男児ふたりを殺害したとき、同級生の友だちを手先にしていました。この手の精神性の人間は、相手を逆らえないようにして、絶対的な主従関係を敷きます。一花は極度に人付き合いが苦手で、自分を理解してくれる友だちを心から欲していました。真犯人にとっては、取りこむのに絶好のターゲットだったのでしょう。
 洗脳自体は犯罪ではないので、いったん狙われたら、どうにもならない。入り組んだ悪意から自力で抜け出すのは、すごく難しいです。淳太郎と藪下がいなければ、一花は真犯人と行動を共にして、敵に回っていたかもしれません。

きらら……もしかしたら一花は、真犯人に洗脳されたまま生きる幸せもあったのではないかと、ほんの少し思いました。

川瀬……別の生き方として、あったでしょうね。

きらら……一花の高校時代のスピンオフ作品があったら、すごく読んでみたいと感じます。

川瀬……どう過ごしてたんでしょうね。同級生の女子たちとの会話に、ついて行けないタイプですから。友だちをつくりたくて、わけがわからない行動に走り、騒動になったりしたかもしれない。そう思うと、いろいろ想像の膨らむ女の子ではありますね。

きらら……藪下、淳太郎との今後の関わり方も、期待できます。

川瀬……まだ構想は具体的にはありませんが、彼らの物語は続いていきます。ぜひ3作目も、期待していてください。


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川瀬七緒(かわせ・ななお)
1970年福島県生まれ。文化服装学院服装科・デザイン専攻科卒。2011年『よろずのことに気をつけよ』で第57回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。著書に『法医昆虫学捜査官』シリーズ、『女學生奇譚』『フォークロアの鍵』『テーラー伊三郎』などがある。

(構成/浅野智哉 撮影/浅野 剛)
〈「きらら」2020年9月号掲載〉
◎編集者コラム◎ 『海が見える家 それから』はらだみずき
ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第41回