川瀬七緒『賞金稼ぎスリーサム! 二重拘束のアリア』

身近なパラドックス


 人はなぜうそをつくのだろうか。唐突だが、作品を創るときに私はよくこれを考える。幼いころからうそは悪だと再三にわたって教えられ、ほとんどの年齢層で『うそつき』は嫌われ者の代名詞だ。うそつきの印象はといえば小ずるくて邪悪で、道徳心がなく他人の心を平気でないがしろにできる救いようのない人間……こうまで断言しても言い過ぎには当たらないほど忌み嫌われているのである。しかし、実際問題うそをつかない正直者などひとりたりともいないだろう。私もうそをつくし、家族や親しい友人だってうそをつく。日々絶え間なく降り注ぐさまざまなうそを浴び、それを受け流しながら私たちは生きている。

 さて、前置きが長くなってしまったが、シリーズ二作目の『二重拘束のアリア』である。本作は藪下、淳太郎、一花の三人が会社を興すところからスタートする。前作で一億円相当の報奨金を得ることとなった三人は、賞金稼ぎというものを職にできないかと考えた。現在の日本では事件に懸けられる報奨金がそれほど高額ではないため、ならば『刑事事件専門調査会社』という未知なる分野を確立しようと目論むのである。現行の事件を警察と並行して調査するというとなんとも無謀な試みに見えるが、近い将来に捜査の民間委託は実際にあり得るのではないかと私は考えている。このまま少子高齢化が進めば、警察という大所帯を維持するのは困難だ。犯人追跡の裾野が広がる可能性を、作中の三人組も抜け目なく見据えているのである。

 本作の軸は前述の『欺瞞』なのだが、私たちはうそに種類を設け、いいうそと悪いうそという概念を作り無意識に共有しているようなことろがある。うそや自己欺瞞は人間関係を円滑に保つ一面をもつのと同時に、自分自信をも欺いて奮起させたり安心を得る材料にもなってくる。まさにごく一般的なパラドックスだろう。社会生活のなかで、他人の子を褒めるために我が子を貶すという日本の母親特有の文化などはこれに抵触するし、自虐で安定を見出す心理もこれだ。うそは複雑な構造をしているために見抜くのは容易なことではなく、そこに嵌り込んでしまったとき、客観視できる自信が私にはない。

 作中の三人組は、そのあたりを見抜けるのかどうか。本作をさまざまな形で楽しんでいただければ幸いである。

川瀬七緒(かわせ・ななお)

1970年福島県生まれ。文化服装学院服装科・デザイン専攻科卒。2011年『よろずのことに気をつけよ』で第57回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。著書に「法医昆虫学捜査官」シリーズ、『女學生奇譚』『テーラー伊三郎』など。

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