桃野雑派さん『星くずの殺人』

桃野雑派さん『星くずの殺人』

〝ロスジェネ世代頑張れ〟という気持ちになってほしい

 一昨年『老虎残夢』で江戸川乱歩賞を受賞した桃野雑派さん。受賞作は中国の南宋時代、武術の達人が孤島で死んだ謎に弟子の女性が挑む内容だった。打って変わって第二作の舞台は宇宙ホテル! 無重力状態で不可思議な死体が見つかる状況を追う本作、実は急ごしらえのアイデアだったそうで……。


宇宙ホテルで見つかった首吊り死体の謎

 二〇二一年、中国は南宋を舞台にした武俠&ミステリー『老虎残夢』で第六十七回江戸川乱歩賞を受賞した桃野雑派さん。第二作となる『星くずの殺人』の舞台はがらりと変わり、なんと宇宙ホテルである。しかも、そこで不可解な死亡事件が発生するのだ。

「〝こいつは中国ものしか書けへん〟と思われたら嫌やなというのがあり、第二作は前作とまったく違う話にする、というのは頭にありました。でも編集者に前から考えていた案をいくつか出したら全ボツになり、それで急ごしらえで新たに出した案のなかから〝これでいきましょう〟と言われたのが、無重力空間で首吊り死体が発見される、というものだったんです」

 つまりは、もともと宇宙に特別な興味を持っていたわけではないのだ。

「SF映画を観たりアニメを観たりしていた程度で、宇宙については一般的な知識しかなかったです。だから最初は、宇宙には行かず、飛行機が急降下して無重力状態になる話でなんとかならへんかなと思ったんですけれど、それはちょっと難しくて。やはり宇宙に行く話にしようと決めてから細かなことを調べていきました」

 首吊りのトリックやホワイダニットに関しても「なるほど」と思わせる真相が待っているが、初期の段階では固まっていなかったというから驚きだ。

「トリックや動機に関しては、地上ではできないものにする、ということを頭に入れて考えていきました」

ロスジェネ世代の添乗員と個性豊かなツアー客

 二〇XX年、日本のベンチャー企業、ユニバーサルクルーズ社による完全民間宇宙旅行のモニターツアーが開催される。宇宙船の副機長兼添乗員の土師穂稀は機長の伊東とともに、抽選で選ばれた六人のツアー客を連れて宇宙ホテル『星くず』に無事到着。しかしほどなく、倉庫内で伊東が首吊り死体となって発見される。自死なのか事件なのか事故なのか、そもそも無重力状態で首を吊ることは可能なのか。特殊な密室状態、というのは前作と共通するが、

「クローズド・サークルが特に好きなわけではないんです。『老虎残夢』の時は中国の武俠ものや南宋時代など、自分の好きなものを片っ端から突っ込んだらああいう話になった、という感じでした。今回も編集者に〝これクローズド・サークルですよね〟と言われてはじめてそれに気づいたくらいでした」

 主人公の土師はロスジェネ世代。さまざまな苦労を経て、やっと幼い頃からの夢を叶えたが、伊東の死、ツアー客への対応、さらには地球との通信が途絶えるといった難題が次々と彼に襲い掛かる。

「土師はほぼ自分の理想です。僕もロスジェネ世代で、結構苦しい思いをしてきたつもりなので、二作目を書くに際して読後に〝ロスジェネ世代頑張れ〟という気持ちになってほしいなと考えました。僕は土師ほど責任感も強くないですし、そんなに頑張れない。あそこまで真っ直ぐ頑張れるのはうらやましいです」

 他の登場人物についてはどのように考えていったのか。

「全員宇宙飛行士にしようかとも思ったんですが、それだと似たような人物ばかりになってしまう。それで宇宙旅行に手が届くようになった頃を舞台にすることにしました。でも、最初の企画書ではツアー客に退役軍人がいたりして、キャラクターがちょっと漫画っぽかったというか。今回の話にはそぐわないということで、今のメンバーになりました」

 ツアー客は飲食店店員や清掃業者、フリーコンサルタントや女子高校生など、ごく普通そうな人たちばかり。桃野さんは事前に登場人物の履歴書や、プロットを作り込んでから書くタイプだという。

「ゲームシナリオの仕事をしているクセです。ゲームの場合、イベントCGなどを先に決めておかなければ予算が決まらないので、キャラクターやプロットを固めておく作り方に慣れているんです。今回、ツアー客は抽選で決まったということにして、バリエーションを出しました。年齢もばらばらにして、方言キャラを入れて、応募した理由もそれぞれ違うものにして。登場人物の履歴書を繰り返し見ながら書いていくうちに、犯人の動機も固まっていきました」

 ツアーへの参加理由も、バカンスだったり宇宙葬をした家族の墓参りだったり、宇宙からの生配信だったりと人それぞれ。個々人の性格的な個性や物事の考え方もまったく異なる。前半のうちに客の一人が「地球は平たい」と信じている、いわゆるフラットアーサーだと分かって噴き出してしまう。

「宇宙旅行に一番ふさわしくない人、というところから発想しました。今考えると、読者に笑ってもらえるか拒否反応を示されるかの境目で、危険な賭けだったと思います(笑)」

 他の客たちも、彼ら本人や周囲の人々の背景に、極端な考え方や偏見がうっすらと見えるのも印象的だ。

「極端な考えってどうなのか、というのは普段から思っています。ただ、それとセットにして考えていたのは、作者の視点からどのキャラクターも馬鹿にしないこと。キャラクター同士が意見を衝突させるのはいいけれど、作者の視点で〝こいつは駄目だ〟みたいなことは書かないようにしたつもりです」

 一人一人の来し方が明かされていくほどに、地上の諍いや非情さについても考えさせられる。彼らが宇宙にいるだけに、地上の人間たちはなんて愚かなのか、とも思えてくる。

「そうしたことは、作品のテーマとして意識はしていませんでした。ただ、僕の個人的な考え方として、人間はそんな素晴らしくもないし、そこまで言うほどアホでもないし、というのがあります」

理科の知識で理解できる宇宙空間の生活

 身体が浮かないように磁石ブーツを履くなど、宇宙ホテルでの生活様式などでも読ませる。これは細かな知識がなければ書けなかったはずだ。相当丁寧に調べたのでは?

「大変じゃなかったとはよう言わないです(笑)。でも、そういうことは他の作家さんもみんなやっているだろうし、作者が苦しむほど読者は喜ぶと言いますから。設定が決まった後で、その場合これは調べとかなあかん、というのをリストアップして資料を集めました。当然いろいろな書籍も読みましたが、一番助かったのはJAXAのホームページ。ホテルの構造に関しては、すでに将来宇宙ホテルを作りますと宣言している会社がいくつかあるので、そのなかのひとつを参考にしながら考えていきました」

 読みながら、実際の宇宙での生活や窓の外の景色を想像するのも楽しい。

「食事のシーンになってはじめて、宇宙では火が使えないだろうと気づいてIHを出したり、火災が発生した場合には普通の消火器は使えないだろうと思ってビルメンテナンスの会社のサイトを見たりもしました。実際に宇宙ホテルが実現した時にここで書いた通りになるかは分かりませんが、調べた限りこれが現実的なんじゃないかな、というところで書いています。難しい知識を盛り込んでも面白かったかもしれませんが、ここではあくまでもキャラクターやストーリーを楽しんでもらいたかったので、難しいことは書かないようにしたつもりです」

 というように、小中学生の理科レベルの知識を用いて、非常に分かりやすく書かれているのも読みやすさの大きなポイント。

小説を書き始めたのは三十六歳の時

 急ごしらえのアイデアから、ここまでダイナミックなストーリーを展開させてみせた桃野さん。どんな無茶な設定でも彼なら書けそう、と思わせる。

「今までの仕事がほぼそんな感じだったんです。ほんまに説明が全然ない仕事もありましたが、やらなしゃあなかった。それに、僕は小説家になると決めてこの世界に飛び込んできたので、その仕事はできません、とはよう言わないです」

 ゲームのシナリオライターだった彼が、なぜ小説を書こうと思ったのか。

「六年ほど前、三十六歳の時に立て続けに不払いをくらったんです。払わへん奴に限って腹立つ対応をするし、これはもう自分の名前で仕事できるようにならないとあかんなと思って。かつ、今までの仕事を活かせるものを考えた時に、作家になったろうと思いました。ありがたいことにそこから四年くらいで乱歩賞をもらえました」

 では、ミステリー作家を目指していたのだろうか。

「いいえ。最初はラノベの賞に応募したら落ちて、そこで自分が舐めていたと気づいたんです。これは真面目にやろうと思い、小説講座に通いました。そこで賞に応募するならなるべく大きな賞、かつ、自分が読んで面白いと思った作家の出身の賞にしなさい、と言われたんです。その時僕が好きな作家といえば下村敦史さんや呉勝浩さんだったので、じゃあ乱歩賞かな、と。ミステリーを書こうと思ったのではなく、このお二人の出身の賞ということで結果的にミステリーのジャンルに来ました。応募した時は特殊設定という言葉も知らなかったくらいです」

 デビュー作『老虎残夢』には好きなものを詰め込んだとのことだが、

「中国の武俠小説が好きなんですが、金庸先生や古龍先生のような有名な作家でも日本ではあまり翻訳が出ていないし、絶版になっていたりする。だから映画から摂取することが多かったですね。それこそ僕の世代は、幼い頃にジャッキー・チェンが人気でしたし。チャン・イーモウ監督とか俳優のジェット・リーの映画なども観てきました。でも知識として詳しかったわけではなかったので、『老虎残夢』を書くにあたって、当時の時代背景はいろいろ調べました」

『星くずの殺人』の最後には、ミュージシャン、フランク・ザッパの自伝からの引用文があり、それが本作にしっくりと合う内容。桃野さんのペンネーム自体、ザッパを連想させるが……。

「ゲームの仕事をはじめた時、ペンネームをつけてくれと言われたんです。単純にフランク・ザッパが好きだったことと、彼に「Peaches En Regalia」という、〝桃の冠〟などという意味の曲があったことからペンネームを作りました。ザッパは曲も好きですし、常に皮肉っぽいのにユーモアがある立ち振る舞いも、ギタリスト然とした弾き方をせず、ロックバンドをオーケストラのように使うところもいいなと思っていて。ザッパはもうザッパっていうジャンルなので、全部好きです」

 桃野さん自身も、独自の路線を歩んでいきそうな予感。今後については、

「前作も今作も登場人物たちがぴょんぴょん跳んでいるので(笑)、次は地に足をつけようとは思っています。僕やから書けるものを書いていきたいです」

星くずの殺人

『星くずの殺人』
講談社

桃野雑派(ももの・ざっぱ)
1980年京都府生まれ。帝塚山大学大学院法政策研究科世界経済法制専攻修了。2021年『老虎残夢』で第67回江戸川乱歩賞を受賞してデビュー。桃ノ雑派の名義でゲームシナリオライターとしても活躍。筆名は、敬愛するアメリカの伝説的ギタリスト、フランク・ザッパからとる。

(文・取材/瀧井朝世)
「WEBきらら」2023年5月号掲載〉

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