今月のイチオシ本【デビュー小説】

『老虎残夢
桃野雑派

老虎残夢

講談社

 第67回江戸川乱歩賞を受賞した2作の片方、桃野雑派『老虎残夢』が9月に刊行されて、早くも大きな話題になっている(もう1作の伏尾美紀『北緯43度のコールドケース』は10月刊)。帯にいわく、「最侠のヒロイン誕生! 湖上の楼閣で舞い、少女は大人になった。彼女が求めるのは、復讐か恋か?」

 というわけで、本書は、13世紀初めの南宋を舞台にした武侠小説であり、女性同士の恋愛を描く百合小説であり、孤島の密室をフィーチャーした本格ミステリであり、超人的な能力者が集まる一種の特殊設定ミステリでもある。

 ヒロインは、武術の達人・梁泰隆のたったひとりの内弟子・蒼紫苑。18年にわたる厳しい鍛錬を経て、体内の気を自在に操る〝内功〟(内家功夫)の極意を会得。羽のように身を軽くして水上を歩くことや怪我を素早く治すことも可能だが、いまだ奥義の継承は許されていない。その彼女を〝紫苑姉様〟と慕うのが、梁泰隆の養女・梁恋華。姉妹同然の2人はたがいに惹かれ合い、深く愛し合っている。だが、八仙島で暮らす彼女たちの平和な日常は、梁泰隆が3人の武人を招いたことで終わりを告げる。泰隆は、3人のうちのひとりに奥義を授けるという。

 3人の到着から一夜明けた翌朝、島の湖に浮かぶ八仙楼にひとりで起居する泰隆が、腹に匕首を刺された遺体となって見つかる。当時、密室状況だった八仙楼に、いったい誰が出入りできたのか?

 綾辻行人の選評を引けば、「武侠小説でありつつも、あくまで論理的に真相を解き明かしていくスタンスにはブレがなく、スリリングな謎解きの演出も◎である」。当時の中国の時代背景や登場人物の過去を利用して組み立てられた事件の〝真相〟は確かによく考えられている。ただし、あれもこれもと欲張りすぎた弊害か、キモになるメイントリックだけとりだすと、どうも隔靴掻痒というか、もうひとつ納得感に乏しいのが惜しまれる。著者は1980年、京都府生まれ。帝塚山大学大学院法政策研究科世界経済法制専攻修了。まだまだいろんな引き出しがありそうなので、次作に期待したい。

(文/大森 望)
〈「STORY BOX」2021年11月号掲載〉

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