荒木あかねさん『ちぎれた鎖と光の切れ端』*PickUPインタビュー*
本格ミステリーと社会に対する視線を絡める
奇妙な法則性にのっとったふたつの連続殺人事件
昨年、人類がもうすぐ滅亡する世界で起きた殺人事件を女性二人が追う『此の世の果ての殺人』で江戸川乱歩賞を受賞、デビューを果たした荒木あかねさん。一九九八年生まれ、超期待の新星が待望の第二作『ちぎれた鎖と光の切れ端』を上梓した。
熊本県の島原湾に浮かぶ無人島の海上コテージにやってきた八名の男女。参加者の一人、樋藤清嗣はとある復讐のために、他の参加者全員を殺すつもりでいた。だが彼が躊躇するうちに仲間の一人が殺される。さらに第二第三の殺人が発生するが、殺されるのは決まって「前の殺人の第一発見者」だった──。
「第一発見者が連続して殺されていく話を書きたいと思いました。エラリー・クイーンの『九尾の猫』を読んだ時、連続殺人事件が起きるなか、途中で次にターゲットとなる人の基準が判明してからの展開がすごく面白くて。自分も次の殺人が予測できる、法則性のある連続殺人事件を書きたいと考えていくなかで、第一発見者が殺される連続事件を思いつきました。最初は街での連続殺人事件を考えていたのですが、編集者の方から〝狭い範囲の連続殺人にしても面白そうですよね〟とアドバイスをいただきました。確かにクローズドサークルでの連続殺人事件も面白そうなので孤島での事件と、街での事件のふたつを書くことにしました」
というように、孤島での連続殺人事件は第一部。第二部は大阪に舞台を移し、また別の連続殺人事件が発生する。これもまた、「前の殺人の第一発見者」が殺されていく。孤島と大阪、それぞれの事件には何か繫がりがあるのか……。
「最初は有栖川有栖先生の『双頭の悪魔』のように、違う場所の事件を交互に展開させようとしたのですが、プロットを練っていくうちに第一部と第二部に分けたほうがすっきりするだろう、となりました」
第一部の舞台に孤島を選んだのは、クローズドサークルを作りやすいという理由もあるが、そもそも荒木さんご自身、孤島ものが好きなのだとか。
「私がはじめて読んだ孤島ものは、有栖川有栖先生の『乱鴉の島』で、中学生の時に読んで大好きになって、本のPOPを書く宿題でもこの作品のことを書きました。『乱鴉の島』で意外な動機で電話線が切断されるのがすごく印象に残っていたので、『ちぎれた鎖と光の切れ端』でも電話線を切るシーンを無理矢理入れました(笑)。孤島ものといえばアガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』を連想される人も多いかなとは思うんですが、私の孤島ミステリーの始まりは『乱鴉の島』なんです」
孤島では次々仲間が殺されていき、犯人も絞られ多重推理も提示されていくなか、予想もつかない怒濤の展開が待っている。
熊本の孤島と大阪の街中で起きたふたつの連続殺人事件
第二部の主人公、横島真莉愛は二十代の女性で、大阪市の環境局東部クリーンセンター職員としてごみ収集の作業にあたっている。街で連続殺人が発生しているなか、ある日彼女は作業中、ごみ捨て場でバラバラ死体を発見し通報。被害者が「前の殺人の第一発見者」であるため、刑事の新田如子らが真莉愛の護衛に当たることに。
「発見者となる時に特殊な状況があったらいいなと考え、ごみ収集の作業員という主人公を選びました。第一発見者となった女性と、彼女を保護するためにやってきた女性の刑事さんがバディを組む展開にしたいと思いました」
第二部の舞台に大阪を選んだ理由は?
「私は九州に住んでいますが、西日本では大阪は東京より近い都会で、進学先や就職先として選ぶ人が多いイメージがあります。今いる場所から逃げたい人たちが大阪に行ったという話も何度も聞いたことがあったので、そういうふうに、生まれ育った場所から離れた人が行きついた先としての大阪を書きたい思いが結構前からありました。私自身は大阪に住んだことはないので、書くにあたって何日か滞在して、その際にごみ収集関係の取材もしました」
真莉愛も如子もまさに、生まれ育った場所から離れたくて大阪にやってきた女性である。
「デビュー作に引き続き女性同士の連帯を描きたかったので、第二部の主人公二人は前時代的な家族観の家庭で育ち、そこから逃げてきて、男社会に疲れている女性という設定にしました。大学生くらいの頃にシスターフッド小説や女性が主人公の小説を読んだ時、はじめてミステリーを読んだ時と同じくらいの高揚感がありました。こんなに力をもらえる小説があるんだと知って、これはもう、シスターフッドの小説を増やさねばみたいな気持ちがあります(笑)。前作の主人公はわりと消極的だったので、真莉愛は積極的に物語を転がしてくれる主人公にしました。でもかなり書き直したんです。最初に書いたものは今以上に真莉愛が暴走機関車みたいな感じで(笑)、編集者さんから〝これはあまり共感されないかも〟と言われて。そこからだいぶ調整しました」
真莉愛は現在「兄ちゃん」と呼ぶ、だが血の繫がりのない男性と暮らし、なにやら事情がありそう。一方、如子も男社会である警察組織の中で苦労しているようで、その様子が真莉愛の視点を通しても伝わってくる。
「警察の男社会の嫌な感じも、第一部に通ずるテーマになると思っていました。この小説には第一部でも第二部でもいろんな二人組が出てきますが、支配関係をいくつかの組み合わせで書きたいと思っていたんです。第二部では男社会の中で押しつぶされそうになっているキャラクターと、その実情を知っていく主人公を書きました」
威圧的で感じの悪い男性刑事も登場するが、如子の相棒となる瀬名という刑事は彼女の苦労も理解しているようで、なかなか好感度の高い青年だ。
「いろんな人に瀬名君を褒められるんですが、力を入れて書いたキャラクターだったのですごく嬉しいです。瀬名君のモデルの一人は有栖川先生の『幽霊刑事』の早川刑事です。幽霊となった主人公刑事を唯一認識できる刑事なんですけれど、マッチョな集団である警察の中での彼の魅力は強さではなく、ただひたすら耳を傾けることができることだなと思っていて。自分も男社会の中で耳を傾けることに魅力がある人を描いてみたかったんです」
第一部でも第二部でもある意味男女のペアが登場するが、恋愛になりそうでならない関係が描かれるのが印象に残る。
「恋愛小説を読むのは好きですが、自分が書くとなるとあまり恋愛の描写を書きたい気持ちはなくて。世の中には恋愛ではない関係を求めている人もたくさんいるなかで、恋愛要素を含む作品のほうが圧倒的に多い気がします。なので男女のペアでも恋愛関係ではない要素を含めて書きたいなと思っていました。第一部だったら樋藤と伊志田という女性は仲がいいけれど恋愛関係ではなく、まったくのただの友達ということを強調したかった。第二部では真莉愛と〝兄ちゃん〟は恋愛感情抜きで共同生活を送っている。そうした関係を描いた作品も増やしたい気持ちがありました。よく二人が恋人同士かと勘違いされて真莉愛が否定してますが、あれも意図的に入れたものです」
謎解きの醍醐味と人間ドラマとの両立
全体を通して浮かび上がってくるのは、復讐というモチーフ。
「復讐の負の面にスポットを当てた話を書きたかった。第一部は復讐を考えていた主人公が変化していく様子を書くことで、そのテーマに近づけるんじゃないかなと思っていました。仇討ちや復讐の物語はやはり面白いしすごく惹かれるんですけれど、そこに含まれるマチズモ思想と言うか、力を誇示することを理想として死を恐れずに行動することを美化する、そういう負の側面も含まれている。復讐の物語は人を惹きつけるけれど、それを再生産することはよくないなと感じていました。『ちぎれた鎖~』の中では人が傷つけられるシーンもたくさんありますが、でも、そういう物語を通して、人が人を傷つけることを正当化してはいけないよ、という話を書けないかなという思いがありました」
他にも、現代社会にはびこる偏見や差別意識、前時代的な価値観に対する疑問や反発が盛りこまれており、それもまた読みどころ。
「やっぱり小説を書くにあたっては今の社会に対する視線は入れたいと思いました。自分が常日頃考えていることを入れつつ、それを本格ミステリーと絡めつつという、大切にしていきたいふたつの要素を両立していくことが今回の作品の目標でした。小説を書き始めた大学時代は、トリックに力を入れてストーリーや登場人物の心情の動きは二の次にしたものを沢山書いていて、これじゃあ小説じゃなくて問題文だよなという反省があって……。それで今回はストーリーの面白さもミステリー部分の面白さも確保したくて、第一部は本格ミステリー7:ストーリー3、第二部は本格ミステリー3:ストーリー7くらいの割合で進めて、最終的に10:10にできないかと考えながら、やりたいことを全部乗せた感じになりました」
ちなみに当初、被害者に共通点が見いだせない連続殺人を描いた先行作品として意識していたのはクリスティーのミッシングリンクもの、『ABC殺人事件』だというが、
「『ABC殺人事件』を知ったのは有栖川先生がきっかけなんです。本家よりも先に『モロッコ水晶の謎』に収録されている〈ABCキラー〉を先に読み、〝『ABC殺人事件』というのがあるんだ〟と思って本家を読みました。そこからABCパターンに興味を持つようになり、有栖川先生や貫井徳郎先生たちによるABCパターンをモチーフにしたアンソロジー『「ABC」殺人事件』も読んで、興味が広がっていきました」
有栖川有栖作品からの影響
何度もお名前が出てくることからお分かりのように、荒木さんは有栖川有栖さんから大きな影響を受けてきた。
「中学校の図書室に、『オールスイリ2012』というムックがあったんです。ふだん文芸誌はあまり置いていないので珍しいなと思って読んだら、有栖川さんの短篇〈探偵、青の時代〉が載っていて。それで本格ミステリーの面白さを知り、有栖川先生の作品を読んでいき、新本格というものがあると気づいて他の作家さんの作品も読むようになりました。新本格を読んでいくと作中にたくさん古典ミステリーのタイトルやトリックが出てくるので、元ネタはなんだろうと思って古典ミステリーも読んだりして。『探偵・青の時代』をきっかけにどんどん広がっていきました」
中学生の時からミッシングリンクなどミステリーのパターンやジャンルを明確に自覚していたというのもさすが。
「それはもう有栖川先生の影響を受けまくっています。たとえばアリバイものだったら有栖川先生の『マジックミラー』の中にアリバイ講義が書かれてあるので、こういうパターンがあるんだと知ったりとか。やはり有栖川先生がミステリーを網羅されているので、そういう作家さんを好きになったことで本格ミステリーのパターンにも自覚的になれたのかなと思います」
本書の帯には「Z世代のクリスティー」とある。
「担当者さんが書いてくださったんですが、誇大広告じゃないかとめちゃくちゃ不安で、今でもこの帯を見ると〝うわーっ〟という気持ちになります(笑)。でもせっかくこうしたキャッチコピーをつけていただいたので、これからも恥ずかしくない作品を書いていきたいです」
というから頼もしい。ちなみにデビュー後、荒木さんは意を決して仕事を辞め、専業作家になっている。その後の生活はどうだろう。
「めちゃくちゃ楽しいです。仕事をしながら書いていた時は執筆時間が短くて不安になったりすることもあったんですけれど、書く時間を確保できるので。今も将来の不安はありますが、自分が一番楽しいと思えることに集中して取り組めているので、今が一番人生で楽しいです」
荒木あかね(あらき・あかね)
1998年福岡県生まれ。九州大学文学部卒業。2022年『此の世の果ての殺人』で第68回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。