友井 羊『巌窟の王』◆熱血新刊インタビュー◆

同じようには生きられなくとも

友井 羊『巌窟の王』◆熱血新刊インタビュー◆
 ライトなミステリーに定評のある友井羊が、骨太極まりない書き下ろし長編『巌窟の王』を発表した。モチーフは、昭和史に埋もれた冤罪事件「昭和巌窟王事件」だ。
取材・文=吉田大助 撮影=横田紋子(小学館)

 1913年、名古屋の工場で硝子職人として働いていた岩田松之助は、身に覚えのない強盗殺人の罪で逮捕され、裁判で有罪判決がくだる。21年以上にわたる獄中生活を送ることとなるが、獄中においても出所後も岩田は一貫して無罪を主張し続けた。そして、日本史上初の重大事件の再審無罪を成し遂げた──。

 実際に起きた「昭和巌窟王事件」と呼ばれる冤罪事件との出合いが、全ての出発点だった。

「以前『無実の君が裁かれる理由』(2019年)という冤罪を題材にした作品を書いた時に、冤罪について広範囲に調べたことがありました。そこで、昭和巌窟王事件について初めて知ったんです。起伏に富んだ事件の一連の経緯にも興味を持ちましたし、何より今作の岩田のモデルとなった人物に惹き付けられました」

 こんな人がいたのか! 本書の読者が必ず抱くことになる驚きは、作家自身が手にした感情でもあったのだ。

「たくさんの冤罪や再審事件が存在しますが、ほとんどの場合、被疑者とされる方は自白をしているんです。現代も自白強要はありますが、特に昔は、警察が取り調べで暴力を振るうようなこともありましたから、強要されて自白しないというのはほぼ無理なんですよね。でも、岩田のモデルとなった人物は一度も自白しなかった。冤罪を網羅的に調べてきた自分としては、その事実にものすごく驚きがあったんです。資料を読み込んでいくうちに、常人離れした彼のまっすぐさと、まっすぐすぎるがゆえに失敗してしまう人間味であったり愛嬌にも触れて、ますます魅力を感じていって。この事件のこと、この人のことを書いてみたいとはずっと思っていたんですよ。でも、自分に書けるだろうかと不安だったんです。そんな折りにコロナ禍に突入し、このまま書けずに死んだら絶対後悔するなと思いました。自分に書けるか書けないかではなく、書くんだ、と腹を括ることができたんです」

無罪と思える証拠が揃っていても、撥ね除けられる

 逮捕、警察での取り調べ、拘置所生活、裁判。物語は序盤から、怒濤の展開が相次いでいく。大正初期という時代背景も、岩田にとって不利に働いた。

「捜査にあたった巡査が〝英国の探偵小説〟を愛読していたから、犯行現場に残された足跡の重要性に気が付いて犯人特定に繫がったという一節は、実際の資料から見つけたものです。その他にも医師が関わった検視結果などは残されていますし、全く捜査されていなかったわけではありません。ただ、もちろん今ほどには科学捜査は進んでいなかった」

 その結果、裁判では何が重視されることとなったか? 「共犯者」の証言だ。実は、先んじて逮捕され自白した沼澤一郎と入江潔という硝子職人が、岩田が強盗殺人を計画した主犯であり、自分たちは命令されてやっただけだと主張したのだ。特に強硬な態度を取っていたのは、沼澤だ。岩田は沼澤とは以前の職場で面識はあったものの、恨まれることはしていない。なぜそんな噓をつくのか……。もしも通常のフィクションであれば、収監後のストーリーは脱獄と復讐譚に進んでいったかもしれない。しかし、本作はそうは進まない。

「〝昭和の巌窟王〟という二つ名は当時のメディアが付けたものなんですが、〝ちょっと違うんじゃないかな?〟という疑問がありました。元ネタとなったデュマの『巌窟王』の主人公は、無実の罪で捕まったところから脱獄して復讐して……と、いわゆる通常ルートではないやり方で自分の目的を果たそうとするじゃないですか。岩田のモデルの人物に関しては、ちゃんと法にのっとって出所し、法にのっとって再審請求し、そして無罪を勝ち取ったんです」

 岩田は自分に有罪判決を与えた司法に絶望しているが、決して希望は捨てていないのだ。

「彼の話に耳を傾けた秋田刑務所所長が、徐々に岩田を信頼していくというエピソードは大事だったと思っています。実際に本人と相対すれば、殺人などやっていないとわかるはずなんですよね。所長は獄中にいるうちから再審請求を行うサポートもしてくれました。支えてくれる人がいたからこそ岩田は前を向くこともできたんですが、やっぱり本人の意思の力がものすごいんです。岩田のモデルの人物は弁護士や裁判所とのやりとりをするために、40歳を過ぎてから、獄中で読み書きを習いました。彼が刑務所内で書いた手紙の写真を見ましたが、最初は幼稚園児が書いているような文字なんですよ。そこからどんどん文字や文章が達者になっていった様子を資料で見て、胸に迫るものがありました。この手紙の束を見たら、彼を信じない人はいないだろうと思ったんです」

 ところが、再審請求はことごとく裁判所に棄却される。刑務所を出た後は新聞記者や弁護士らの仲間を得て、新証拠と共に書類を再提出するも、司法の壁に撥ね除けられてしまう。読者としても「今回は通るはずだ」と、毎回思うのだ。にもかかわらず、通らない。

「現代でもいろいろな冤罪事件が報道されていますが、どんなに有罪の証拠はなく無罪と思える証拠が揃っていると思えるものでも、ほとんど撥ね除けられているんですよね。再審のハードルがあまりにも高すぎる。それは当時から変わらず続いている日本の司法の、特に再審に関する問題点だと思います」

黒々とした整合性がつかない、沼澤的な部分もある

 この記事の中でも何度か指摘してきたが、最後に岩田の冤罪は晴れる。実在の事件をモデルにしている以上、物語の「オチ」が決まっていることは、書きづらくはなかったか。

「その感覚はなかったですね。というのも、僕が普段書いているミステリーも〝謎が解決する〟ことは決まっているので、ある意味で読者にオチはバレている(笑)。オチを軽視するわけではないんですが、小説全体にとってオチは一部に過ぎないんです。ミステリーもそうだしそれ以外の小説でも、それ以外の、オチに至るプロセスをどう面白くするかが大事だと思うんですよね。基本的に小説は、主人公にいかに困難が連続するか、させるかが重要になってくるんですが、岩田のモデルになった人物の身に降りかかっていることは、まさに困難の連続です。それを、そのまま書けばいいと思えたんです」

 ただし、史実を小説にするために取り入れたアイデアもある。

「岩田が主人公の物語ではあるんですが、岩田だけの視点で書くとどうしても一方的な主張の連続になってしまう。岩田を支えようとする人たちの視点も取り入れることで、物語に変化を付けつつ、彼の人柄を立体的に描けたかなと思っています」

 その試行錯誤の過程で、岩田と表裏一体となる人物の存在もクローズアップされることとなった。刑期を終えた後も、岩田が主犯だという噓をつき続ける、沼澤だ。

「資料を読んでいて最も謎や恐ろしさを感じた人物が、沼澤のモデルにした男でした。嘘をついたことを認めても、罪が加算されることはないんですよ。にもかかわらず、なぜ嘘をつき続けるのか。実は、構想を始めた頃はもっと爽快感のある話にする予定だったんです。冤罪が晴れてよかったねという読後感を目指すつもりだったんですが、構想を進めるうちに沼澤の比重がどんどん重くなっていって、大きく変化していきました。自分自身の中に、正しくあろうとする岩田的な部分はありますが、それと同時に、黒々とした整合性がつかない、沼澤的な部分もあるからだと思うんです」

 冤罪が晴れる爽快感だけがクライマックスに置かれていたら、その過程で体験した様々な感情や思考は浄化されてしまったかもしれない。ざらり、という後味がどうしようもなく漂っているからこそ、この物語は読者にとってより「残る」ものとなったのだ。

「昭和巌窟王事件は世間にほとんど知られていませんし、弁護士に聞いたところ、司法関係者も名前は知っているぐらいで、詳しく知っている人は少ないんじゃないかということでした。実録犯罪もので取り上げられたことはあったものの、小説として書かれたこともほぼないんです。とにかく僕はこの事件のこと、この人のことを知ってほしかったんですよね。誰もこの人と同じようには生きられないと思うんですよ。でも、彼の人生にふれることで、例えば自分にとって譲れない大切なものって何なんだろう、生涯かけてやっていきたいことって何なんだろう、と心を動かすことになるんじゃないかなと思うんです」


イオラと地上に散らばる光

光文社

1913年、硝子職人の岩田は、身に覚えのない強盗殺人の罪で突然逮捕された。待っていたのは21年以上に亘る獄中生活。出所後も殺人犯の汚名がつきまとうが、岩田は最後まで希望を捨てなかった──。警察の拷問、不正な裁判。国家によって人生を破壊された男が、たった一人で反旗を翻す。日本司法史上、前代未聞の再審無罪を勝ち取った不屈の魂、その闘いのすべて。昭和史に埋もれた冤罪事件が、令和の日本に正義を鋭く問いかける。


友井 羊(ともい・ひつじ)
1981年、群馬県生まれ。『僕はお父さんを訴えます』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞受賞、2012年デビュー。他の著書に、「さえこ照ラス」シリーズ、「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」シリーズなどがある。


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