黒野伸一さん『国会議員基礎テスト』

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政治に刮目せよ

著者近影(写真)
黒野さん

イントロ

女性を主人公にした青春家族小説を得意とする黒野伸一が、 社会派エンタメの扉を開いたきっかけは『限界集落株式会社』だった。 連続ドラマ化もされ、続編を含めた累計は三二万部を突破している。 この路線を継いだ最新作が、『国会議員基礎テスト』だ。 政治という難しい題材を、エンタテインメントに仕立て上げた。

 きっかけは、飲み会での雑談だった。

「『限界集落株式会社』の続編(『脱・限界集落株式会社』)を書いて、地域復興という題材に関しては自分なりにやり切った、このシリーズの続きはもうないなと感じていたんです。そんな時に担当編集者と酒を飲んでいて、酔った勢いで”なんで国会議員って資格試験みたいなものがないのかな?”と、前から疑問に思っていたことをばーっと喋ったんですね。日本の政治は三権分立を基礎としているわけですけど、司法なら司法試験があるし、行政なら国家公務員試験がある。にもかかわらず立法に携わる政治家に関してだけは、試験がないのはおかしいじゃないですか」

 当時、政務活動費の不正支出問題で「号泣議員」が世間を賑わせていた。彼が繰り出す支離滅裂な言い訳とだだっ子のような仕草は、政治家のイメージを地に落とすものだった。

 「一部のバカな政治家のスキャンダルのせいで、政治家全体がなめられている。試験を実施して、それに合格したというお墨付きを与えることは、政治家への敬意を取り戻すことにも繋がるかもしれない。そんな話をしたら、編集者が・次の小説、それでいきましょう・と言い出したんです」

 調べてみると、自分と似たようなアイデアを抱いている人は少なからず存在した。

「タレントの武井壮さんは”政治家になるためには司法試験以上の難しい試験を受けさせることが必要”とおっしゃっているし、ネットを探すとそれに近い意見が結構見つかりました。目の付けどころとしてはキャッチーなのかなと思いましたし、このネタを突き詰めて考えた人はまだいないと分かったので、小説家としては燃えましたね」

 

国民主権か国家主権か

 これまでの創作と同様、キャラクターを作ることから小説の構想を固めていったという。

「世襲制の恩恵を受けたボンボンと地味で実直なエリート、という正反対の政治家をメインのキャラに設定しました。簡単に言ってしまうと、頭の悪い男と、頭のいい男です(笑)」

 政治家一族のサラブレッドとして生まれた三三歳の黒部優太郎は、引退した父から栃木X区の地盤を譲り受け、与党・自由民権党の衆議院議員一年生となった。だが、十歳年上の有能な政策秘書・橋本繁に政務のほとんどを任せ、浮いた時間に女性達とデートに励むばかり。そんな調子の優太郎が、軽い気持ちで人気情報バラエティ番組に出演し、政治の知識を問うペーパーテスト「国会議員検定試験」を抜き打ちで受けさせられ不合格となったことから、化けの皮が剥がれる。議員辞職した優太郎にかわり、秘書だった橋本が政治家へと転身する──。

「小説ってやっぱり”挫折と再生”が面白いじゃないですか。かたや成功からのスタートで、かたや挫折からのスタートですけれども、どちらも一筋縄では行かない。メインキャラを二人に設定したことで、二人分の”挫折と再生”を描ける楽しさがありました」

 無職となった優太郎は、その後介護施設で働くことに。だが、そこで日本社会が直面している貧困や介護問題の当事者となったことで、再び政治家への道を志すことになる。かつての自分の秘書が、議席を争う、最大のライバルとなる。

「優太郎と橋本は、政治家としての資質に大きな違いがあります。優太郎は国民一人一人の目線に立ち、国民の代表であろうとする、『国民主権』であり草の根民主主義の政治家です。一方の橋本は、『国家主権』でありエリート主義なんですよ。政治は政治家たちに任せればいいんだ、国民はその決定に従えばいいんだと考えているんです」

 しかし、優太郎が正義で橋本が悪、という構図になり切らないところがこの物語の面白さだ。どちらも真剣に国民・国家のことを考えているのが分かるから、単純に善・悪と割り切ることができない。

 

政治を考える知識をつけろ

 二人の政治家の対立を軸に進む本作は、語り方に特徴がある。Q&A形式だ。

「国会議員のテストの話なんだから、小説自体の構成もテスト形式にしろという、編集者からのむちゃぶりです(笑)。素人が質問をして専門家が回答する、会話形式の新書ってよくありますよね。読みやすいし、勉強にもなる。あれと同じようなことを求められていたと思うんですが、私は小説家ですから、小説のかたちでQ&Aを成立させなければならなかったんです」

 その結果、各章の節目節目で「問一 政治とはなにか」「問二 政策秘書について説明せよ」と試験問題風の短文が挿入され、それに回答するかのように物語が進む構成が生まれた。その構成を成功させるためには、書き手にも政治への深い理解が求められた。

「池上彰さんの分かりやすい解説書から始まり、政治学の古典や元国会議員が書いた暴露本などを浴びるように読みました。私の親戚に政治評論家がいるんですよ。担当編集者の知人も、衆議院議員に立候補するところだったんです。当事者にヒアリングすることができたのは、政治を日常のものとして捉えるうえで大きかったと思います」

 その過程で出合ったのが、「議員立法」の存在だった。

「どうやって法律が作られているのか調べたら、議員発議による『議員立法』と、内閣発案と言いつつ中身は官僚が作る『閣法』があることを知ったんです。二種類あるのは諸外国も似たり寄ったりなんですが、日本では『議員立法』の成立が極端に少ない。なぜかというと、一議員が新しい法案を発議するには、ものすごく面倒臭い根回しが要るんです。発議のために衆議院で二〇名以上の賛成が必要なうえ、親分の”そんなものは認めない”という鶴の一声で、法案をつぶすことができるシステムになっているんですよ。これは政党政治の完全な負の側面です」

 そのシステムに抗おうとしたのが、橋本だった。彼は優太郎を辞職に追い込むきっかけとなったペーパーテストに、日本の政治改革の芽を見出した。選挙に立候補するためには試験に合格しなければならない、とする「国会議員基礎テスト法」の法案化を実現するために、ひいては国民のために、汗水垂らして奔走するのだ。

「やり方は不器用だし鼻持ちならない部分は多々あるけれど、筋は通っている。一人一人の国民の声に耳を傾けようとする優太郎は、政治家として理想ですが、橋本もまた、政治家はこう働いていてほしいという理想なんです」

 

民主主義の現実と理想

 そんな二人が最終章でついに、同じ選挙区から出馬し直接対決に挑むことになる。橋本が優勢、優太郎が劣勢という戦況から始まる衆議院選挙は、一日ごとに票読みが変わり、先が見えない。

「連載の原稿では、橋本と優太郎の一騎打ちで、さらっと勝敗を付けていたんです。単行本ではもう一人、いかにも昭和然とした利権体質の政治家を登場させて、三つ巴の選挙戦に書き換えました」

 戦いの先に現れたのは、主義や立場を越えた、新しい連帯のかたちだった。本作は「国会議員基礎テスト」というアイデアを糸口に、日本の政治の現実のみならず、理想を描く試みでもあるのだ。

「この本を読むと、国会議員を選抜する試験はあったほうがいいと思うかもしれません。ですが、ペーパー試験だけで合否を判定してしまうのは、エリート主義じゃないかと思う読者もいるでしょう。私としては意見を押し付けるつもりはなくて、賛成でも反対でもいいから、この本が政治について考えるきっかけになればいいなと思っているんですよ。この国の民主主義を本当に機能させるためには、そこから始めるしかない。民主主義とは何かというと、一人一人が自分で考える、ということなんですから」

 

(「STORY BOX」2018年3月号掲載)

著者名(読みがな付き)
黒野伸一(くろの・しんいち)

著者プロフィール

1959年神奈川県生まれ。2006年、「ア・ハッピーファミリー」(『坂本ミキ、14歳。』として小学館文庫に収録)で「きらら」文学賞を受賞しデビュー。11年刊行の『限界集落株式会社』がNHKでドラマ化され大ヒットした。

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