物語のつくりかた 第9回 野島伸司さん (脚本家)
大学を中退してぶらぶらしていた頃、一時期、青森の缶詰工場に住み込みで働いていたことがありました。しかし、毎日深夜零時から正午まで、まるでロボットのように無言で働き続ける状況に気が滅入り、このままでは何者にもなれずに人生が終わってしまうのではないかと、強い焦りを覚えていました。
そこで、逃げるように寮を飛び出し、東京へ向かう電車を待っている間、駅でたまたま手にした雑誌に、ドラマの脚本を募集する告知が載っていたのですが、その時点ではとくに気に留めることはありませんでした。
それからしばらくは、恵比寿のパブスナックで働いていたのですが、ある日、泥酔したホステスさんから「あんた、若いのに夢や目標はないの?」とお説教された際に、ふと雑誌で見た募集要項が頭に蘇ったんです。
「……実は、ドラマの脚本を書いてみたいんだよね」
その場しのぎで口をついた言葉に過ぎませんでしたが、これにホステスさんが目の色を変えて食いつきました。
「いいじゃない、すぐやりなよ」
彼女はそう言うと、なんと次の日には質屋へ行き、中古のワープロを買ってくれたのです。 そこまでされては僕も後に引けません。まったくの素人でしたが、自己流でどうにか一本のシナリオを書き上げ、それをそのホステスさんに見せたところ、彼女はこう言いました。
「私は素人だからよくわからない。誰かプロの人に見てもらいなよ」
有名な脚本家といえば、当時真っ先に思い浮かんだのが、『パパはニュースキャスター』などを手がけた伴一彦さんでした。もちろんツテなどありませんが、調べてみると伴さんは都内のシナリオ学校で講師をやっていることがわかりました。勢いというのは怖いもので、僕はすぐに原稿を持ってその学校へ行き、伴さんに渡すことに成功します。
すると、その脚本に多少なりとも見るべきところがあったのか、数日後、伴さんから恵比寿の店に電話がかかってきました。「フジテレビのプロデューサーに会ってみなさい」と。
このときに紹介されたのが、『北の国から』や『白線流し』を手がけた山田良明さんでした。ここから僕は、急速に脚本家への道を歩み始めることとなります。
当時のフジテレビはバラエティ全盛期であった反面、ドラマが弱いと言われていました。そのため、新しい戦力を育てようという機運が盛り上がっており、ちょうどそのタイミングで現れたのが僕だったわけです。
そこで様々なアドバイスを受け、脚本の基礎を勉強するうちに、山田プロデューサーから前年に創設されたばかりの「フジテレビヤングシナリオ大賞」への応募を勧められました。結果、僕は第二回の受賞者となり、脚本家デビューを果たすことになります。このときの受賞作は、僕自身の幼少期の体験をベースに描いた『時には母のない子のように』という作品で、後にドラマ化もされました。
『高校教師』への反響と批判の意味
デビューからほどなく、予定していた連ドラの脚本家に空きが出て、新人の僕に声がかかりました。これが僕にとって初の連続ドラマ、『君が嘘をついた』(一九八八年)です。この作品が話題になったおかげで、その後はコンスタントに仕事が舞い込むようになり、『愛しあってるかい!』(八九年)や『101回目のプロポーズ』(九一年)、『愛という名のもとに』(九二年)など、ヒット作にも恵まれました。
この時期はとにかく無我夢中で、寝る間も惜しんで書き続けていました。時にはぶっ倒れる寸前までワープロに向かうこともありましたが、缶詰工場で働いていた頃、何でもいいから何者かになりたいと強く願っていた僕としては、手を休めるのが不安でならなかったのです。
ちなみにこの当時はテレビ局に余裕があったせいか、わりと何でも自由にやらせてもらえる空気がありました。例えば、通常では一本のドラマをせいぜい五〇シーン前後で作るところ、僕は平均一五〇シーンくらい盛り込んでいました。当然、手間もコストもかかりますが、プロデューサーは「好きにやっていい」と言ってくれていましたね。
そんな中、僕にとってひとつの転機となった作品が、一九九三年にTBS系列で放映された『高校教師』です。これは僕が初めてフジテレビを離れて書いた作品で、だからこそ、それまで書けなかったダークな世界に思い切って挑戦するきっかけにもなりました。教師と生徒の恋愛や近親相姦、強姦、自殺といった、当時あまり扱われることのなかったタブーに切り込んだことで、この作品は大きな反響を呼びました。それと同時に様々な批判も受けましたが、無難なトレンディドラマばかり書き続けることにどこか物足りなさを感じ始めていた僕としては、こうした作品で成功できたのは、非常に意味があることに思えたのです。この経験がその後、『未成年』で少年犯罪を、『聖者の行進』で知的障害を扱うきっかけになったと言えるでしょう。
勢いで書き上げてミリオンセラーに
こうして少しずつ実績を積むうちに、脚本以外の部分にも手を出せるようになってきます。主題歌もそのひとつです。
基本的に主題歌は何かのバーターであったり、演者の事務所の都合で決められることが多いですが、やはり物語の世界観を表現する上で非常に大切なもの。だからある時期から僕は、主題歌も自分で決めるようになりました。『高校教師』で森田童子さんの楽曲(「ぼくたちの失敗」)にこだわったのもその一例で、主題歌とドラマの世界観がぴたりとハマり、大きな反響を呼びました。
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この他にも、『この世の果て』では当初、古い洋楽がメインテーマに予定されていましたが、僕が尾崎豊さんの「OH MY LITTLE GIRL」をプロデューサーに聴かせて、これこそが物語の世界観に近い楽曲だと説得した経緯があります。『人間・失格~たとえばぼくが死んだら』ではサイモン&ガーファンクルを、『未成年』ではカーペンターズをそれぞれ挿入歌に使用したのも同様のケースですね。
アイデアや題材は、日頃からストックしているわけではありません。仕事としてオファーを受け、何かを書かなければならない状態になって初めて思いつくのが僕のスタイル。日頃から浴びるように触れている映画や海外ドラマ、小説が潜在的にヒントになることもありますが、事前にメモしておいたネタなどは、ほとんど使いません。
最近は一日のうち二、三時間くらいしか仕事をしていませんが、集中力がそのくらいしか続かないためです。物書きというのは疲れてくると、どうしても楽な展開を選んでしまいがちなので、そうなる前に書けるだけ書いてしまおうというわけですね。その代わり、作業中はタバコを咥えているのを忘れ、唇を火傷してしまうくらい集中しています。だから最近は仕事中の喫煙をやめました。
執筆する際に大切にしているのはライブ感。僕はあまり先の展開を細かく決めないようにしていて、もし家の中のシーンを書いているうちに、「そろそろ外のシーンを書きたいな」と思ったら、すぐに場面を変えてしまう。いわば生理的な感覚で展開を決めていて、集中できているときは、それがうまく運ぶわけです。そして、その場の勢いで書けるところまで一気に書き上げる。
脚本ではありませんが、僕が手がけたSMAPの『らいおんハート』の歌詞にしても、お酒を飲んでいたときの勢いに任せて、数分で書いたものでした。テーマに沿った情景を思い浮かべる、強い言葉やフレーズを見つけて、一気に書き上げる。歌詞の場合はとくに、そうした勢いは大切なんです。
これはドラマの脚本にも通ずるポイントかもしれません。強いセリフ、キャッチーな言葉を駆使して、その場面の空気を表現する。これこそ、地の文のない脚本ならではの醍醐味と言えるでしょう。
野島伸司(のじま・しんじ)
1963年新潟県生まれ。中央大学法学部を中退後、渡米しUCLAに通う。帰国後はフリーターを経て88年『時には母のない子のように』で第2回フジテレビヤングシナリオ大賞を受賞。同年、フジテレビ系連続ドラマ『君が嘘をついた』で脚本家デビュー。4作目の『101回目のプロポーズ』でブレイク後、人気脚本家としてヒット作・問題作を世に出し続けている。歌詞、小説、絵本など、創作の幅は多岐にわたる。
Q&A
Q1. 夜型? 朝型?
A1. 昼型です(笑)。わりと夜更かしして、10時くらいに起きて、2~3時間集中して仕事をする。そんな日々です。
Q2. 犬派? 猫派?
A2. 犬派だけど、猫を飼っています。
Q3. お酒は飲みますか?
A3. 飲みます。 最近はもっぱらハイボールばかりですね。
Q4. 好きなドラマは?
A4. 実は国内のドラマはほとんど見ないんです。海外ドラマでは『ブレイキング・バッド』や『ハウス・オブ・カード』などが好きですね。
Q5. 好きな映画は?
A5. M・ナイト・シャマラン監督が好きで、これまで一番「やられた!」と思ったのは、『シックス・センス』。物語を書く身として、悔しさすら覚えました。
Q6. 好きな小説は?
A6. 膨大な数の作品を読んできたので一つに絞るのは難しいですが、最近『シックス・センス』と同様、「やられた!」と思ったのは、キャロル・オコンネル『クリスマスに少女は還る』でしょうか。
Q7. ストレス解消法は?
A7. 解消できないですね。ずっとストレスに塗れているので、慣れてしまったというか耐性ができました。
Q8. 今、一番ほしいものは?
A8. とくにありません。 基本的に物欲がまったくないので。
Q9. もし脚本家になっていなければ、今どんな仕事をしていたと思いますか?
A9. 想像もつかないけど、働いていたパブスナックを任されて、店長でもやっていたかもしれませんね(笑)。
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という究極の試練を与えられた新婚夫婦、
信夫(玉山鉄二)と彩(佐々木希)を中心に描かれる鋭くも切ない群像劇。
脚本:野島伸司 出演:玉山鉄二、佐々木希ほか
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