後世にも多大な影響を与えた『後醍醐天皇』

まるでトランプ大統領のように、すべてを自分の命令で実行させようとしつつ、天皇が「民」と直接結びつく「一君万民」をめざす――。いまから700年前に即位し、後世に大きな影響を与えた後醍醐天皇を読み解きます。

【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
関川夏央【作家】

後醍醐天皇
後醍醐天皇 書影
兵藤裕己 著
岩波新書
840円+税

平成天皇の姿に実現されている「一国万民」のありかた

二〇一八年は後醍醐天皇即位七百年である。だからどうということはないのだが、昔から気になる人ではあった。
後醍醐は、いわゆる「建武の新政」で、すべてを自分の命令「綸旨りんじ」で実行させようとした。異常に「大統領令」を好むトランプに似ている。多く発令し過ぎて前後矛盾を生じ、前令取り消しを行うことも。
訴訟をすべて自分で決裁したがったのは金正恩の父・金正日にそっくりだが、それでは身が持たず、政治は進まない。この頃「都にはやるもの」は「夜討、強盗、にせ綸旨」と同時代の落書らくしょにある。
皇子皇女三十八人、その母親は二十人以上、阿野廉子あのれんしをもっとも愛し、彼女の「口出し」がしばしば政治判断に反映された。
しかし真言「立川流」を信奉・実践して「セックスそのものの力を、自らの王権の力」にしようとした、という網野善彦『異形の王権』の論は、江戸時代流布の俗説由来だ、と著者・兵藤裕己は否定的だ。
後醍醐が「無礼講」を好んだのは事実である。参加者は冠・装束を脱ぎ捨て、貴族や僧侶の序列を無視する場を楽しんだ。それは天皇が「臣」、貴族や有力武士をスキップして、素性の知れない「民」、楠正成・名和長年らと直接結びつくことにつながった。
「無礼講」のセンスは、大胆、放埓、派手好みの佐々木道誉どうよのような「バサラ」大名を生み、「闘茶」(茶の湯の原型の賭け事)、猿楽、華道、香道、連歌など参加者の身分を問わない芸道、現在「日本的」と考えられるものの多くは、後醍醐の時代に出発している。
そうして後醍醐がめざした、天皇が「民」と直接に結びつく「一君万民」のありかたは、七百年後、たとえば被災地を慰問する平成天皇夫妻の姿に実現されていると著者は見るのである。
岩波新書なども、たまにはいいのでは? ただし全部読もうとせず、「序」のあと後半の興味をひく章だけ拾い読んでも、全然大丈夫と私は思う。

(週刊ポスト 2018年8.3号より)

初出:P+D MAGAZINE(2018/09/26)

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