むちゃぶり御免!書店員リレーコラム*第3回

むちゃぶり御免!書店員リレーコラム*第3回
 お 題 
結婚や出産など、人生の節目を迎えた友人にエールとして贈る一冊

 九年前の夏、私は病院のベッドで天井を眺めていた。起き上がることはもちろん、寝返りすら打てない二週間、私の頭の中を占めていたのは絶望である。

 交通事故で右腕を骨折した上に神経を損傷し、肘から先はほとんど動かすことができなかった。右手が動かない未来を考えてみると、私は大人としても母親としても全く役立たずであるように思われた。

 手術のあと、起き上がって左手で日常動作ができるようになると、家人に頼んで適当な本を家から持ってきてもらい、ひたすら読んだ。その中の一冊が堀江敏幸さんの『なずな』である。

『なずな』は中年独身男性の私が、とある事情で弟夫婦の生後二ヶ月の赤ちゃん、なずなを預かって育てるという物語である。(堀江さんの読者ならお分かりかと思うが)作中特に大きな事件は起こらず、なずなと私、ジンゴロ先生、友栄さん、伊都川の人々との日常がただ淡々と綴られていく。生後間もないなずなの描写がただひたすら愛おしいのだが、読んでいるうちにふと気づくのである。

 なずなを育てる側の私や周囲の人々の方が、彼女の生命力に生かされているのではないか? と。そしていつの間にかその力は私にも及び、ゼロだった私のHPも少しだけ回復していた。役立たずに思えた私でも、その存在だけで誰かを生かしているのかもしれないと思えた。

 私に生きることを教えてくれた『なずな』を、結婚や出産に臨む人はもちろん、全ての人にエールとして贈りたい。

なずな

『なずな』
堀江敏幸
集英社文庫

中嶋あかね(なかしま・あかね)
長いブランクと怪我を挟んで書店員歴18年目。死ぬまでに絶対読みきれない積読あり。


【次のお題】
思春期を迎え、人生に悩む息子(中高生)の机にそっと置いておきたい本
【答える人】
うなぎBOOKS(福岡県八女市) 本間 悠さん
 
本連載は、「〇〇な時に読む本」というお題で、書店員の皆様に「推し本」を紹介していただきます。〇〇部分は、前号執筆した方が、次の執筆者に対して提案します。


〈「STORY BOX」2022年11月号掲載〉

古屋美登里『わたしのペンは鳥の翼』
特別対談 田口幹人 × 白坂洋一[後編]