古屋美登里『わたしのペンは鳥の翼』

古屋美登里『わたしのペンは鳥の翼』

わたしたちの物語


わたしのペンは鳥の翼』(英題 MY PEN IS THE WING OF A BIRD )は、アフガニスタンの十八人の女性作家が初めて世に問うた短篇集である。もっとも、彼女たちがどこで暮らし、どのような生活を営んでいるかは訳者にも知らされていない。わかっているのは、タリバン政権下のいま、小説を書いたことが発覚したら、あるいは原稿が見つかったりすればその身が危険に晒される状況であり、亡命した作家も何人かいるということだけだった。二十三篇のどの作品にも、書きたいという切実な思い、伝えたいという強い願望がこめられている。本書は書くことでしか自由に生きられない女性たちの囁きであり、悲鳴であり、アフガニスタンの現実を小説という虚構のなかで組み立て直した告白である。

 描かれているのは、文化も言葉も風習も宗教も違う遠い国に暮らす女性たちの日常で、生死の境を綱渡りしているような、命を切り売りしているような人物が多く登場する。しかも描かれている世界の多様さには驚くばかりだ。また、映画のように人や光景が動き出す作品や一瞬を切り取ったような作品もあり、登場人物たちの息遣いが耳元に感じられるほどの生々しさがある。そうした人物はまるで自分の身内のようにわたしには感じられた。ちょうど一年前にこの作品に出合い、読み進めるうちに脳裏に浮かんできたのは、家父長制に支えられた家に生まれたわたしの祖母であり母であり、戦争中を生き抜いた女性たちの姿だった。

 翻訳は、一篇訳すごとに編集担当の方にメールで送るという異例のやり方をした。それは、小説に描かれている過酷さ、悲惨さ、怖さをひとりで抱えていられなくなり、アフガニスタンの女性作家たちのようにだれかと共有したい、だれかに訴えたいという思いが強くなったからだ。同じように言葉と作品の力を信じる人がいてくれることは大きな慰めだった。この間、これまでにない新しい作品を訳しているという感覚と、これはまさしくわたしたち女性の物語だという思いが絶えず去来していた。

 いまは、命を手渡すようにして届けられた作品の数々を日本の読者に読んでいただける日が来たことにひたすら感謝している。

 


古屋美登里(ふるや・みどり)
翻訳家。訳書にジョディ・カンター他『その名を暴け』(新潮文庫)、デイヴィッド・マイケリス『スヌーピーの父 チャールズ・シュルツ伝』、デイヴィッド・フィンケル『帰還兵はなぜ自殺するのか』『兵士は戦場で何を見たのか』、ジャニーン・ディ・ジョヴァンニ『シリアからの叫び』、イーディス・パールマン『幸いなるハリー』(以上亜紀書房)、エドワード・ケアリー『呑み込まれた男』『おちび』〈アイアマンガー三部作〉(以上東京創元社)、『望楼館追想』(文春文庫など)、ラッタウット・ラープチャルーンサップ『観光』(ハヤカワepi文庫)ほか。著書に『雑な読書』『楽な読書』(以上シンコーミュージック)がある。

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わたしのペンは鳥の翼

『わたしのペンは鳥の翼』
著/アフガニスタンの女性作家たち
訳/古屋美登里

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