まはら三桃『空は逃げない』

置いてきたものと持ってきたもの


 私は未だに空を飛ぶ夢を見ます。うまく飛べることもあれば、今にも落っこちそうで苦しいときもあります。しかしいずれにも日常生活では得られない浮遊感があって、夢ながらお得な気分です。

 未だにというのは、普通空を飛ぶ夢は子どもしか見ないのだそうです。心理学の本に書いてあったのを読んだ時、「私は子ども時代に置いてきたものがあるのかな」と思いましたが、考えるまでもないことでした。

 まさに、私はできないことをたくさん置き去りにして大人になってしまったのです。

 逆上がりもその一つ。鉄棒での逆上がりが、ただの一度もできたことがありません。運動神経はさほど悪くはなく、体も小さかったのに不思議なことだと思います。

 私は不器用なくせに真面目な性格なので、できないことが気になります。これまで幾度か、再チャレンジもしてみました。けれどもやっぱり無理。ますます無理。どんどん無理。次にチャレンジしたら洒落にならないことになるかもしれない、というところまできて、良いことを思いつきました。

 できることで取り戻そう。私にできることは物語を書くことです。ならば逆上がりは書いて克服しよう。どうせなら、特大の逆上がりにしよう。そこで選んだのが棒高跳びです。一本の棒を頼りにくるりと回る棒高跳びはまさに「大きな逆上がり」に見えました。

 無理を大きく超えることができる創作とは、なんて素敵な手段でしょう。

 とはいえ、できない癖に書けるだろうかとそこは少し不安でした。が、思いもよらない感覚が役に立ちました。

 空を飛ぶ夢。

 棒高跳びでは、ポールを離したあとほんの一瞬空を飛びます。途中の行為は身に覚えはないけれど、繰り返し感じている空を飛ぶ感覚だけを頼りに書いてみることにしたのです。

 走って、弾みをつけて跳び、体を丸めてのばして、大きく大きく飛びあがる。

 全身全霊でやった気になったので、競技のシーンを書いたあとはぐったりでした。書き手がへとへとになった分、読んでくださった方が爽快ならば本望です。

 さて、この物語にはひとつ仕掛けをしました。物語でしかできない仕掛けです。子ども時代に多くを置いたままの私は、読書だけは手放さず持ってきました。だからというわけではないですが、本に対しては強い思い入れがあります。活字の本に敬意をこめて、漫画や映像ではできそうにない仕掛けをしました。

 あわせて楽しんでいただけると、大変嬉しいです。

 

まはら三桃(まはら・みと)

1966年、福岡県北九州市生まれ。2005年、講談社児童文学新人賞佳作を受賞。『鉄のしぶきがはねる』(講談社)で2011年度坪田譲治文学賞、第四回JBBY賞を受賞。ほかに『白をつなぐ』 など