週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.114 元書店員 實山美穂さん

書店員さんコラム 實山美穂さん

『奇病庭園』書影

『奇病庭園』
川野芽生
文藝春秋

 私は、本に一目惚れ(としか言いようがありませんが…)することがあります。そのタイミングはそれぞれ違いますが、タイトルを知った時、作者を知った時、本を目にした時、本を手にした時、などいろいろです。その本が気になってしまい、手に取らずにはいられなくなる、そういう感覚になった時には、もうハマっています。読んでいなくても、その本が、その作者が好きなのだと、今までの経験から知っているのです。読んでみると、その感覚に間違いはないと毎回感じます。今回紹介する作品は、まさにそのように出合ってしまった川野芽生さんの最新作です。

 幻想文学というと、どういうイメージをお持ちでしょうか。私の手元にあった、三省堂『デイリーコンサイス国語辞典(第4版)』で「幻想」を引いてみると、「とりとめのない空想」とあります。非現実的とか、ファンタジーなどの言葉もどこかからか出てきそうですね。ただこの作品は、登場するキャラクターたちを例にすると、語りかけてくる頭部や、翼を生やし飛び去る時に、赤子を産み落としていく妊婦など、物語の奥に別の面を隠しているような気がしてならないのです。

 物語の始まりは、1ページの序に書いてあることが、すべてです。奇病によって、当たり前に備わっているものがなくなってしまった集団が生まれます。長い時間を経て、何も持たないはずの一群から、また再び備えるものが現れます。それは良いことのようでしたが、時間が経ち、ないのが当たり前となった生き物たちとの間に、差別と恐怖を生みました。登場する生き物たちは、それぞれに物語があり、それらがゆっくりとつながっていきます。どこへ物語が向かっていくのでしょうか。読んだ人の心の中に、その答えはあります。

 著者は幼少時から小説を書き始め、大学入学後に短歌を作り始めた経歴の持ち主です。短歌同人誌「穀物」の刊行や、フェミニストの創作団体「怪獣歌会」を結成されました。第1歌集『Lilith』で第65回現代歌人協会賞を受賞し、歌人としての活動だけではなく、小説や評論も発表されています。短篇集『無垢なる花たちのためのユートピア』(東京創元社)、掌篇集『月面文字翻刻一例』(書肆侃侃房)に続き、今回の作品は、初の幻想長編です。

 著者の紡いだこの物語の中に、著者が生み出した歌と同じ世界を感じました。繊細でいて鋭い、そのエネルギーにひかれて、私はまた彼女の本を手にするのでしょう。興味を持たれたら、ぜひ、歌集も評論も読んでみてください。

 

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