中山七里さん『人面瘡探偵』

タイトルを思いついた時点で、ほとんど完成したも同然でした。

 幅広いジャンルの作風と、驚異的な執筆量で知られる中山七里さん。『さよならドビュッシー』から始まる岬洋介シリーズほか、多くの人気連作を手がけられるなか、またも期待の主人公を生みだしました。『人面瘡探偵』は、そのタイトルどおり、人面瘡の探偵が登場。エンターテイメント小説では、おそらく史上初。人知を超えた奇妙な主人公が難事件を解いていく、新味のミステリーです。個性的な探偵物語のスタートにかける意欲など、中山さんから詳しくお聞きしました。

中山七里さん『人面瘡探偵』

タイトルができた時点でほとんど完成

きらら……『人面瘡探偵』を読ませていただきました。最初から最後まで、驚かされるミステリーでした。構想は以前からあったのですか?

中山……いえ、単純にタイトルから先に思いつきました。ミステリー作家は小説を書くにあたって、プロットをつくります。僕もつくりますが、理想的なプロットとは何だろう? と考えたとき、究極的にはひと言で説明できるプロットが最良だと思いました。物語を説明する言葉が、少なければ少ないほどいい。出版社の編集会議でも、企画が通りやすくなります。もっと言えばプロット自体がなく、タイトルだけで、物語すべてが伝わると理想的です。
 かつて双葉社の編集長が「たくさんのマンガを担当してきたけれど、タイトルだけでキャラクターもストーリーも全部わかる作品があった」と言われました。それこそが『ルパン三世』でした。
『ルパン三世』のように、タイトルだけで内容をすべて表し、連載が決まるようなものはないかと、思いついたのが『人面瘡探偵』でした。狙いどおり、小学館の担当編集者との最初の打ち合わせでは、タイトルを告げた瞬間に連載しましょう! と、言われました。
 編集会議でも、すぐGOサインが出たようです。小説をつくる過程以外のところで、編集者には、できるだけ負担をかけさせたくない。それが僕の作家としてのモットーなので、良かったです。

きらら……たしかにタイトルのみで、面白いのは間違いない! と確信できます。

中山……タイトルを思いついた時点で、ほとんど完成したも同然でした。30分ほどストーリーを練って、あとは文章化するだけでした。
 松本清張さんが昔、「いいタイトルができれば、本編も同時にできている」というようなことを言われていました。逆に言うと、書きたい物語とテーマが定まっていれば、最高のタイトル以外は出てこないのでしょう。

横溝正史の世界を現代に蘇らせる

きらら……主人公の三津木六兵は、都内の相続鑑定事務所に勤める相続鑑定士です。逝去した豪商の遺産を鑑定するため、長野に向かいます。

中山……本作は、一種の原点回帰です。僕のデビュー作『さよならドビュッシー』は、横溝正史の名作『犬神家の一族』へのオマージュでした。それをもう一度、小学館の新作で、やってみたいと思いました。
 現代に横溝正史を蘇らせるためには、どうしたらいいか。三津田信三さんなどはとても上手く再現に成功されていますが、僕なりのアプローチとして、相続鑑定士という設定を考えました。
 地方にはいろんな資産家がいます。その人物を取り巻く、土着的な怪奇現象も、きっと残っているでしょう。これは横溝的な世界観に当てはまるだろうと。資産家が亡くなるたび、無理なく現地に送りこめる人物として、相続鑑定士は最適です。折しも相続法が改正されたばかりで、日本社会のタイムリーな題材を絡めていきたいという狙いもありました。
 映画版の『犬神家の一族』の1作目が公開されたのは1976年。当時は、観光キャンペーンのディスカバージャパンの最中でした。万国博覧会から始まった高度経済成長期がひと段落ついて、古き良き日本の地方を振り返ろうというムーブメントがありました。時代の空気と合致した結果、『犬神家の一族』は、空前のヒット作になりました。その現象と現代を重ねたい意図もこめて、三津木の仕事は相続鑑定士に設定したのです。
 読んでいただければわかりますが、本作には極めて現代的な、裏テーマがこめられています。女性読者の方には、特に切実な問題だと思います。その裏テーマがあれば、横溝正史を現代に蘇らせるのは不可能ではないと考えました。三津木と「ジンさん」の活躍を通して、裏テーマを読み取っていただけたら嬉しいです。

笑いと恐怖の背中合わせの妙味

きらら……本作の探偵の役目を担うのは、三津木の肩に現れる人面瘡・ジンさんです。彼(?)の的確なアドバイスを受け、三津木は遺産相続をめぐる兄妹間の問題に挑みます。

中山……僕はミステリーを書くとき、小説でひとつだけ大きなウソをつきます。本作の場合は、ジンさんの存在です。そのひとつのウソを成立させるために、ありとあらゆる専門知識や常識、リアリティを導入しています。このウソはふたつ以上、重ねたらいけません。書くのは簡単ですが、うまく物語がつくれなくなります。単にウソっぽい話になってしまう。小説のジャンルを変えないといけなくなるので、ウソは必ずひとつに留めるよう、気をつけています。
 ジンさんは非常に博学で、推理力も高い。ユーモアにも、あふれています。人面瘡という特殊なパートナーですが、三津木には頼れる探偵です。『シャーロック・ホームズ』の系譜にも連なる、少し変わり種のバディものミステリーを目指しています。

きらら……ジンさんは終始、三津木への突っこみが厳しく、上から目線の高圧的な態度を取っています。辛口のジンさんに対して、あたふたする三津木が気の毒でもあり、ほのぼのとしていて笑えます。

中山……遺産相続が絡む物語だと、話が陰惨になりがちです。加えて三津木が現地に滞在中、次々と怪死事件が起きます。その陰惨さを、ふたりの軽妙な掛け合いでマイルドにしようと考えました。
 映画の『犬神家の一族』はとても怖い構成なのですが、ときどき入るワンショットの笑いで中和されたり、逆に恐怖が増幅される場面もあります。市川崑監督の演出の素晴らしさですね。横溝映画にある、笑いと恐怖の背中合わせの妙味を、三津木とジンさんのコンビワークで表現するよう努めました。
 ジンさんは、ぼんやりしている三津木を導いていく、教育者です。兄ともいえるだろうし、もうひとりの三津木自身といえるかもしれない。肩にくっつきながら、いろんな役目をこなしています。『寄生獣』のミギーに例える人もいましたが、そうではありません。『ど根性ガエル』のピョン吉です。ピョン吉も、シャツにくっついて、主人のひろしに文句をぶつけたり、厳しい突っこみを入れます。でも、ひろしへの友情は厚い。見た目はだいぶ違いますが、ジンさんはピョン吉のイメージで描いています。
 実はジンさんには裏設定もあります。なぜ三津木の肩に現れたのか? などを細かく決めています。本編では、3分の1も出していません。ジンさんの素性を深読みしながら読み進めていただければ、面白みが増すと思います。

きらら……地方の一族にまつわる因縁と、コミカルな語り口。『犬神家の一族』の見事な現代への復活でした。

中山……横溝正史の世界観をなぞりつつ、遺産相続の背後にある、現代的なテーマを切り取っています。テーマを描ききるためには、ウソをウソだと読者に悟られないことが大事です。あらゆる知識と常識を投入して対策していますが、理屈っぽくなってはいけない。面白く、物語に入りこんでもらうために、いろんな工夫をしています。次から次に事件が起き、人が殺される場面でリズム良く章を区切っているのも、そのひとつです。
 とにかく、スピード感を意識しています。物語で広げた大きな風呂敷は、高速でたたむこと。ツッコミどころが多少あっても、素早くたためば、読者に考える暇を与えず、気づかれません。最近になって習得した、僕の手法です。

14万字で感情を表現する小説を選びたい

きらら……理路整然としたジンさんの推理の一方、怪死事件の真犯人の心の不条理さがあらわとなる結末は、考えさせられました。

中山……ミステリーは理屈で終わるか、感情で終わるか、ふたつの選択があります。本作の場合は、タイトルからして感情で終わるよりほかないと思いました。いま世の中に蔓延している問題のほとんどは、人間の感情の不条理なねじれが、原因のような気がしています。徹頭徹尾、理屈で解決できたら、こんな楽なことはない。ねじれを生じさせているのが感情だとしたら、終わらせるのも感情じゃないか、というのが僕の答えです。
 SNSが発達して、誰でも脊髄反射的に、感情を吐き出しやすくなっています。同業者のなかでも Twitter で、活発に意見を発している人がいます。それはそれで否定しませんが、僕は140字で書くより、14万字の言葉で感情を表現する小説を選びたいです。

きらら……『人面瘡探偵』の続編となる『人面島』が、早くも連載開始となります。

中山……舞台は九州にある、人面の形をした島です。隠れキリシタンの伝説が残る島で、不動産王の村長、網元を仕切っていた漁業長、隠れキリシタンの宮司の3人が、島内の権力を握っています。そのうちの村長が亡くなり、長男と次男で遺産を取り合い、相続鑑定士の三津木が呼ばれることになります。
 三津木が島に来た途端、殺人事件が起きます。直後に大型台風が発生し、島から一切の出入りができなくなる。情報も断たれる。島民はパニック状態になります。そんななか三津木は隠れキリシタンの財宝を隠した鍾乳洞を見つけ、そして殺人の疑惑をかけられる……という展開になります。怪奇現象はもちろん、暴走する島民や、台風で崩れるかもしれない鍾乳洞など、サスペンスの要素を詰めこんでいきます。
 島で繰り広げられる、陰惨な密室劇。いわば『獄門島』と『八つ墓村』のハイブリッドです。横溝正史の醍醐味を、〝ぜんぶ載せ〟した長編になります。連載にご期待ください。

 


人面瘡探偵


中山七里(なかやま・しちり)
1961年岐阜県生まれ。『さよならドビュッシー』で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2010年デビュー。ほかの著書に『おやすみラフマニノフ』『いつまでもショパン』『どこかでベートーヴェン』『連続殺人鬼カエル男』『贖罪の奏鳴曲』など多数。報道の世界に斬りこんだ社会派ミステリー『セイレーンの懺悔』も高い評価を受けた。

(構成/浅野智哉 撮影/浅野 剛)
〈「きらら」2019年12月号掲載〉