◎編集者コラム◎ 『夜行』森見登美彦

 ◎編集者コラム◎

『夜行』森見登美彦


夜行

 作者の森見登美彦さんと私には、共通の趣味がある。

 「乗り鉄」。

 鉄道に、ただただ乗っていることに喜びを感じる人間のことを指す。

 本書は、この10数年間、森見さんとご一緒させていただいた鉄道の旅の思い出を封じ込めた作品といえる。

 森見さんは夜行列車が特にお好きで、上野と青森を結ぶ「あけぼの」(2014年3月定期運行終了)乗車の旅を、毎年真冬の時期にご一緒していた。21時の発車時刻30分ほど前に上野駅13番ホームで待ち合わせをして、ソロ寝台Bに乗り込む。「あけぼの」が上野を出ると酒盛りが始まり、高崎あたりまでにはだいぶいい気分になっている。「あけぼの」はそこからさらに北西に向かい、日付の変わる頃に越後湯沢方面を通過するのだが、月明かりに照らされた山合の雪景色は息をのむほどに美しく、テンションは最高潮となる。車窓を流れていく夜の景色は、見ていて飽きることがない。翌日朝、秋田県、青森県あたりに到着したころには、全員が寝不足となっている。それでも我々「乗り鉄」は、時刻表を駆使してダイヤと格闘し、塗りつぶしていない路線を一つでも減らそうとする。あこがれの五能線を走る「リゾートしらかみ」、ストーブ列車で知られる津軽鉄道、いまは廃止となった十和田湖観光電鉄。鉄分を補給できるだけ補給し、へとへとの状態で宿に辿り着く。酸ヶ湯温泉、蔦温泉といった八甲田山系の名湯につかり、前日からの疲れをとるため早めの就寝となることが多かった。しかし、真冬の八甲田山系の宿は風情があり、ここでもまた、雪景色はいくら見ていても飽きないのだ。「あけぼの」の旅は、"雪見の旅"だったといってもいいだろう。その旅の思い出は、『夜行』第三夜「津軽」に凝縮されている。

 現在、日本で運行されている夜行列車は、東京と出雲、高松を結ぶ「サンライズ瀬戸」「サンライズ瀬戸」のみとなっている。

 ぜひ本書で、「旅の夜の淋しさ」をご堪能ください。

──『夜行』担当者より
 
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